読書

{白神山地のブナ林を歩く}
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学生時代勉強が大嫌いだったが、いつの頃からか本を読むのは好きになった。
年齢を重ねれば重ねるほど読書は好きになり、次々と本を買いあさってしまう。
24~5歳位まではただただ、料理の本ばかりを読んでいたものだが、この頃はたまに見る程度。お料理の基本的な技術・知識・経験をある程度身に付けてからは、自分自身が美味しい人間にならなければ美味しい料理は作れない。その為にはもっと社会勉強をして、人間性を向上させ、厚みのある人間にならなければと・・・。考えるようになってからは、出来るだけ別の分野の本を読むように心掛けている。もちろん料理の追求も怠る事はない。
ゆっくり本を読む時間は無いので、トイレの5分。寝る前の10分などちょっとでも空き時間を利用すると、月に2~3冊は読めるものである。
本を読むきっかけを作ってくれたのは、高校時代の社会の先生であった。
体育以外の全ての授業は、ただただ教科書を枕代わりにしていたもので、一番前の席であっても平気で熟睡していたものである。学校は部活をやりにいっていただけである。
いつものように眠っていると、その社会の先生が「吉川、頼むから一番前の席で眠らないでくれ。みんなの勉強の意欲が下がるからやめてくれ。本読んでいなさい。本。マンガ本はダメだぞ。授業に参加しなくていいから本読んでいなさい。」と言われ、それからすぐ本屋に行き、面白そうなものはないかと探し、ずっと本を読んでいたものである。
朝から夕方まで読んでいたので、分厚い本でも2~3日で読み終えたものである。
一番最初に読んだ本は、多重人格者の本でダニエル・キイス著‘ビリーミリガン’であった。
それから色々なジャンルの本を読ませていただいたが、本を一言で言うと、「知識と教養を身に付ける。」という事だと思う。
本は創造を豊かに人間に厚みを持たせるすばらしい道具であると思う。
年に何回か県外にお邪魔させていただく機会がある。
東京の地下鉄に乗っていると、実に多くの皆さんが本を読んでいる。大阪の地下鉄に乗るとそのパーセンテージは半分以下になる。仙台の地下鉄は距離が短いのも関係しているが読書している人はほとんどいない。それでは青森はどうであろう?
本を読んでいる人自体が少ない。町場の本屋さんも週刊誌・月刊誌は豊富でもそのほかの本は乏しい。図書館も貧弱と言わざるを得ない。
週・月刊誌では人間に厚みを持たせる事は難しく、東京の地下鉄でも読んでいる人は沢山いる。その数も年々増加している。それでもそれ以外のジャンルの本を読んでいる人もかなりいらっしゃる。二極化である。
週・月刊誌が悪いわけではない。情報収集には絶大な力を発揮する。
{たわわに実ったリンゴ。車窓からでももぎ取れそう。でも、誰も採りはしない。}
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青森だけでなく地方は交通網が発達していない。特に青森のような雪国は車は必需品である。夏であれば10分の距離が、冬は30~40分かかる事も珍しくはない。バスなどは時間通り到着するなど奇跡に近い。
何も特別贅沢をしている訳ではない。しかし、働くためには車と携帯電話は不可欠である。
しかし、企業が車のローンや携帯料金を払ってくれるわけではない。毎月の給料から個人個人が支払いをする。その維持費は年間いくら位であろう。
東京近郊で働く人達は、いくらかの金銭を鉄道屋さんに払い、通勤時間を読書して過ごす。青森県人は通勤時間を車屋さんにローンを払い、ガソリンスタンドにガソリン代を払い、保険会社に保険料を払い、整備工場に車検代を払い、自らハンドルを握り職場に移動する。
一日に換算すると数十分かもしれない、けれども年間にするとどのくらいの時間であろう?
片方は読書をして知識を得、片方はただただ、支払いに追われる。この差は実に大きなものと思われる。
働くために車が必要になったのはここ数十年。働くために携帯が必要になったのはここ十年。そして、これからは地方であっても、一人一台パソコンを必要とすることになるのは時間の問題である。
そのパソコン代は会社が支払ってくれるのか?
おそらく、車・携帯と同じく、自己負担である。
パソコンとは何か?情報・知識である。
青森の平均的感覚は東京に比べ、10~15年のギャップがある。行政と民間との意識感覚のギャップと同じくらいである。
都市部では50~60歳くらいの方でもパソコンを利用している。しかし、青森では20~30代から下の世代でなければ利用しない。
知識の差はそのまま所得の差に比例する。
パソコンを使いこなす人とまったく利用しない人の所得は今や1,5倍以上になっている。
そして都市部ではパソコンの情報の9割が不必要であるとも認識し始めている。
青森の皆さんがその感覚まで行くにはあと10年は掛かるであろう。
しかしパソコンに依存しないで、多くの本を読みさえすれば、5年程でそこまで行く可能性はあると思う。(それにパソコンに依存する事は大きなリスクを伴う事になる。アメリカでは10年前は最先端だと思われていたコンピュータープログラマーなどが失業し、路上生活の憂き目にあっている。低賃金の国に仕事を輸出するため。)
だてに首都に住んでいるから所得が高いのではない。やはり、それなりに都会の人々は労働意欲もモチベーションも高く、勉強もしている。勉強は社会人から本気でするべきだと思う。
高給取りが必ずしも言い訳では無い。でも青森の方々はもっと青森をより良くするため、読書をしていただきたいと願います。
これからの社会は知識が土台にあって、初めて仕事が可能でありましょう。
教養人を少しでも多く育てれる土壌になればうれしいものであります。
{青森の夏の風物詩チリンチリンアイスのおばっちゃ}
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by tk-mirai | 2008-01-10 13:00 | Comments(0)

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