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塩 味噌 醤油

{青森県鯵ヶ沢町の海岸線から冬の日本海。}
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日本に生まれ育って、日本の気候風土、文化や歴史、自然などに接していると、意識する事もなく様々な資源の恩恵を受けているのではないでしょうか?
自然に触れる機会が多ければ多いほどそこに何かかしらの力を感じる、神々が宿っているかの様に感じられる方もおられると思います。
全国各地で神社仏閣などで伝統的神事祭が行われ、水の神、火の神、地の神だけではなく、多種多様な神様を祀る事が極々普通の事のように感じます。お山信仰や海上信仰も代表的なものですが、目に見えないものをはじめ、生き物はもちろん、一つ一つの物でさえ大事に使い続け、それに生き物でも宿っているかの様に接するのも日本人的なことの様です。
料理を生業にしている自分は、普段から小さな神々に接する機会が多いものです。
山に分け入り山菜を取りに行けば山の神や森の神がいるように感じるし、野鳥や野生動物に出会えば何か小さな神様に出会えた様に感じるものです。自然が身近にある方々は、飼い犬や動物園の生き物と野生の動物は全く違う生き物だと感じることでしょう。
“野鳥は人から餌は貰わず、山菜は人の世話は受けない、その風味はもっとも美味しく清らかだ。”という古典もあります
そこには自分には作り出す事の出来ない自然の力、神秘めいた不思議な自然観を感じるものです。
神様を大小や「様々な…。」という表現自体、日本人ならでわな事の様です。
調理場でも、生きた魚や朝取りのトマトやナスなどを料理していると、そこにも自然や生を感じるものです。
もう少し極端な言い方をすれば、美味しい卵料理を作ろうと考えていれば、卵の神様がいるかのように「美味しくな〜れ。美味しくなります様に。」と念じて料理を作るし、美味しい豆腐を作ろうと思えば、同じく豆腐の神様に念じて豆腐を作るものです。
包丁を使えば包丁の神様がいるし、使えなくなった包丁は包丁供養塔に納めます。作った料理を盛り付ける器にも器の神様がいるという様なもので、欠けても金継ぎなどして大事に使い続けます。身近に神々が共存しているのが日本文化らしさでしょう。
余談になりますが、我々日本料理の料理人にとっての元締めの神様は、一応は磐鹿六雁命(イワカムツカリノミコト)とい事に相場は決まっております。
その昔、景行天皇が東方に巡行の際、磐鹿六雁命が蛤を膾にしたて献上し、それを天皇がいたく気に入り大膳職に任命した。という様な物語が初めになっていて、そこから天皇の料理番、大膳職という役職が昭和の始めまで残っていたという記録があります。
その為、料理屋に神棚を設けたり、料理の神様を祀ったり、使えなくなった包丁を供養塔を建て納めたりする時も磐鹿六雁命に登場願います。
その大元の神様は磐鹿六雁命で良いのですが、普段から小さな神々がそこかしこに潜んで見守っていてくれるのが日本料理の精神性であります。
この様な感性は日本独自のものの様で、神様は唯一無二という他国では全く無い感覚と推測されます。
{当店で使用している味噌・塩・醤油。}
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多くの日本人は、他国の方々も自分達と同じ様な感性感覚で物事を見聞きし感じ、取り組んだり試行錯誤をしているかの様に考えている様ですが、それは全く別物と認識する必要がある様です。気候風土環境が変われば、文化も風習も変わり感覚も違いが出るでしょう。
どこのお国にでも、義理人情に熱く、勤勉で誠実、温厚で優しい人はいるものでしょう。日本人以上に日本を愛し日本を学び、日本人以上に日本文化に精通し日本を楽しんでいるという海外の方も見かける様になりましたが、それはまだ極々少数派でしょう。
日本人は「今日はラーメンでも食うかな。」と思ってラーメン屋さんに行った時、「サッパリ塩でいこう。」「サラッと醤油でいこう。」「濃いめに味噌でいこう。」と選択肢があるものでしょう。
そこに、出汁の選択肢も加えると、鶏ガラ・魚出汁・豚骨・牛骨・野菜出汁などなどの出汁類。その出汁の組み合わせ、ダブルだ。トリプルだ。と織り混ぜ調味料と掛け算していくと様々な味付けでラーメンを食べる事が出来るものです。
それが日本人にとっては極々普通の事です。何も特別な話ではありません。
ところが、欧米に行くとどうでしょうか?
塩は有っても、味噌、醤油は有るでしょうか?今はあるとは思いますが…。
日本では、塩・味噌・醤油と選択肢は有りますが、欧米では味付けの選択肢というものがその昔は無いのです。味付けは塩のみなので、味付けの選択肢という概念が無いのです。
味付けは全部塩で、そこにバターやオイル、ヴィネガーや香辛料が加えられるだけなのです。勿論、欧米にもフォンドボーやフュメドポワソン類の出汁は有りますが、日本の様に多種多様とはいかないでしょう。日本料理では味付けだけで三倍の選択肢に広がります。
これは、気候風土の環境が作り出すもので、たまたま日本は海に囲まれ、豊かな山河があり清流が豊富で水が溢れ資源豊かな高温多湿の環境で、豆を発酵させる菌類がそこかしこに住み、納豆や味噌や醤油などの発酵食品が出来る土壌だから成せる技でしょう。発酵の神様がそこに居られます。我々日本人は恵まれた環境に生まれ育ったという認識を持ち世界にその文化を広め誇るべきと思います。
ラーメンの味付けが多種多様に選べる様に、日本では八百万(ヤオヨロズ)の神々の国なのです。味付けの選択肢が一つしか無いので欧米は一神教と言っても言い過ぎではないかも知れません。
というような表現をすると、話が大きい様ですが、食べるものの選択肢が少なければ思考や感性も幅は広がる事はないでしょう。
食べ物の好き嫌い選択肢が少ない事は、人間の好き嫌いに比例するものなので、その様に認識しても良いと思います。
{創業明治37年青森市の武田納豆。二代目さんは日本で初めて実用的な納豆菌の培養に成功し、近代的発酵法を確立させ全国に安定した納豆製造を広めた第一人者。納豆の神様は青森市に居られた。}
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塩・味噌・醤油に加え、酒・味醂・酢などの調味料を基本に、鰹節・昆布・干し椎茸・煮干・鳥・豚・牛などの肉類などの様々な出汁類を組み合わせて、季節の多種多様な食材を調理し食べられる事は、日本に生まれ育って日本料理の豊かさ深さ多様性に感謝するものです。
日本料理は、調味料・出汁類・食材・調理法は多種多様に有りますが、日本料理自体は世界の料理の中で唯一無二の孤独な食文化です。
日本料理はその食材から必要なもの、又は必要ないものを抜いていく引き算仕事です。
鰹節や昆布などの乾物から旨味成分を引いていく、青菜のお浸しは茹でて灰汁を抜いていく、刺身は調味料を使わず包丁のみで、鱗・ぬめり・皮などを抜き取りお酒で言うお米の中心部分だけを削り取る大吟醸の様に、必要な部分だけを抜き取るなどの仕事が施されます。
フレンチ・イタリアン・大陸などの料理は、油・食材・調味料などを鍋にどんどん加えて完成させる足し算仕事で世界各地に様々に存在する多種な食文化です。世界各地の料理は食材が変わるだけで、足し算料理が基本です。欧米でも古典的な具の無いコンソメスープは、引き算料理と言えます。
鍋にどんどん食材を加えて作る料理の方が見た目は賑やかで手間がかかっている様に見えますが、ほうれん草のお浸しや澄まし汁を作る方がシンプルに見えてずっと手間暇・手数が多く時間も掛かるものです。引き算料理は目に見えない部分も理解し認識して味わうと更に食事が楽しくなる事でしょう。
日本は引き算料理なのに食材・調理の過程などが多種多様、世界は足し算料理なのにそれらも調味料も選択肢が少ない。というのも人間らしく矛盾していて面白いものでしょう。
各国の料理を比べたり、優越を論じたりする事は全くつまらない事です。環境・取れる産物が違うのですから、その土地に見合った方法、気候風土を活かして作る料理はその土地の文化そのものです。
その都度その都度、各国の料理を楽しみ味わうことが有意義な時間の過ごし方だと思います。
それらの理解を持ちながら、日本料理は唯一無二の固有の食文化だと認識していただければ更に日本文化を楽しむことが出来るでしょう。
普段から生まれる前から、味噌・塩・醤油がある日本は美味しい国です。日本ではそれが当たり前だけど、世界では当たり前ではない。そんな感性で各国の料理を味わうと更に料理の違いを楽しく味わう事が出来ると思われます。
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{津軽地方に伝わる江戸時代後期の五人囃子人形。}

by tk-mirai | 2021-02-06 11:00 | Comments(0)

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