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選別

[太平洋側八戸市の種差海岸]
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普段食べている食材はいつ頃から食べられているのでしょう?
年間何種類くらいの食材を口にしているでしょうか?
それらの食材が巷で売られているのはどうしてでしょう?
青菜のお浸しの代名詞といえば、ほうれん草か小松菜になるでしょうか?
季節によっては三つ葉やセリ、菜の花や春菊なども美味しいです。
なぜ我々はほうれん草を食べるのでしょう?
モミジの葉っぱのお浸しや松の葉のてんぷらはどうして食べないのでしょうか?
毒がなければ何でも食べれるのに普段モミジや松の葉を選択することはないと思われます。
そもそも売っていないということもあるでしょうが、なぜ売っていないのかといえば美味しくないし売れないということが原因でしょうか?
自然界には多種多様な生物が存在し、毒がなければ何でも食べれるのにスーパーで売っているもの、我々が好んで食べるものは、地域限定食材などはあっても日本で消費されている食材はほとんど何処でも変化はないのではないでしょうか?
それは何故かと言えば、もうすでに古くから選別が終わっているという事だと思います。
我々の先人たちが、自然界に存在する多くの動植物を食べ、時には危険を冒し、時にはお亡くなりになることもあって、数多くの経験から「この葉っぱが美味しい。」「この肉が美味しい。」「この種が美味しい」「この魚は旨い。」などと選び分けてきた結果が今日に生かされているということでしょう。
そして食べておいしい選び抜かれた種をさらに美味しくするために、何千年も前から交配し品種改良を重ね美味しさを追求してきた結果が今現在に至っているということだと思います。
その作業は今も現在進行形で様々な種が品種改良されています。
ただ、現状の品種改良の多くは売る側の利益追求型の改良品種が売り出され、生産しやすい、多収穫、効率的、輸送しやすい、見た目がよい、腐りにくい、収益性の高いもの、種屋さんが安定的に利益が出るよう子供ができない遺伝子組み換え(毎年種を買わせるために)のF1品種などが市場を独占しています。それらがすべてマイナスではないですが、添加物や遺伝子組み換えは何かかしらの影響を及ぼしているでしょう。
一般の消費者の多くは組み換え作物や香料・保存料・添加物などが入った加工食品などを買わされ、安全安心な食材、無添加の加工品などを選択することが非常に難しい状況になっているものです。沢山の食材や加工食品が並べられその中から自ら好きなものを選択して買っているように思えますが、実はそれもほぼ売り手側にコントロールされていて、知らずに毎日消費している食物も工業製品化された利益優先のマーケットに支配されていることを認識しておくことは必要ではないでしょうか?
その中でも安全安心・地産地消・身土不二などと発せられて何十年にもなるので、無農薬栽培在来品種作物や無添加加工品もどんどん増えてきてはいることはいい傾向だと思います。
[無農薬栽培・自然発酵のワイン。ボーペイサージュ]
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自分は料理の世界に入る前は、日本料理・フランス料理・イタリア料理・中華料理の中からどれを選択しようかと考えたとき「どれでもいいんだけど、日本人だし食べ飽きしないのは日本料理だろう。」と日本料理を選びました。
それでも目標の一つにあったのはフランス語・イタリア語・中国語をある程度話せるようになってガイドなしで現地のレストランに行って料理を食べることを何年も考えてました。
将来独立開業するときも、世界中の料理を学び世界中の料理のいい部分いい要素を複合的に融合させた料理を作りお店をやろうと考えていました。
そういう思いを抱いていたものでしたが、日本料理をやればやるほど日本文化の多様性・奥深さ・固有さ・文化レベルの高さなどなどを認識すればするほど、日本料理が優れているし、料理を作れば作るほど、まぜこぜ料理は見た目はいいかもしれないが味わいはシンプルな料理に劣るということを学びました。料理なども含め、グローバル化はマイナス面が多いということですね。
その為、店を始めてからは料理に関しては味わいを最優先し、どれだけ余計な要素を省き削ぎ落とし主役が明確なシンプルな料理を作れるのかを突き詰めるようになりました。
見た目やプレゼンテーションなどの装飾目的の葉っぱや花類飾り物など、食べないものを器に乗せることは全くありません。
「見た目やプレゼンテーションも重要でしょう?」というご意見もあると思いますが、その類いのものは初心者や流行を求める人用にはいいのかもしれません。
味を優先すればするほど食材を混ぜることも無駄になり、装飾は邪魔なものになります。美人や美男子が必ずしも性格中身がいいとは言えないのと同じく、料理も中身を優先すれば華美であることが返って中身の判断を優先的に判断出来なくなるし、何より装飾に目や意識がとらわれることが味に意識を優先させる足かせになることが一番マイナスようそだと思うからです。
味を追求すればするほど余計なものは要らなくなります。
[青森県で発掘された縄文時代の品々。この時代に既に品種改良は行われていた。]
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何千年か何万年か、多くの時間と技術・知識・哲学・好奇心・探求心などなど、時には命がけで先祖の方々が食に対する執着心から生物を食べて味わい、加工し調理しその中から食べやすいもの美味しいものを選び出し、交配し、改良し、農漁業をして、育成し、収穫し、料理を高めて来た蓄積が今現在に大きな影響を与えています。そして、長い年月を重ねてほぼ選別は終わっているでしょう。
北極や南極の海底や深海に棲む未知の海産物は新しい食材と言えるかもしれませんが、それ以外には新しい食材と言えるものは出て来ないし、これから先何かかしら出て来ても今現在ある食材より美味しい可能性はかなり少ないと思われます。
テレビや雑誌などでは新しい料理などと発信したりしますが、自分の見る限りでは新しい料理などは全く無いと思います。
食材の組み合わせや見た目・プレゼンテーションが目に付くだけで料理の中身は既にあるものばかりです。
日本料理も江戸の中期から後期には完成されていると言われています。江戸の料理本などを見ると多種多様な料理に驚きます。争いのない安定した社会でパトロンなどもいて、職人も沢山居て料理研究の発想は今よりも進んでいたと思います。
日本料理の基本、五味五色五法、甘い辛い苦い酸っぱい塩辛い・青赤黄黒白・生焼煮揚蒸は普遍的な要素です。味には旨味と滋味も加えることが出来ますが基本は変わりません。
新しい料理や調理法は長い間登場してはいません。これから出て来る可能性も限りなく少ないでしょう。
なぜなら、料理は人類の歴史そのもので身近で毎日何度も作り食して長い年月を重ねて研究されて、機械が登場して新しい産業が登場するという様な革新は無いからです。
でも、若いうちは知識も技術も経験不足でその事が認識出来ず新しいものがあると思いそれを追いかけるものかもしれません。また、それも必要な事です。経験を積んで理解できる事が沢山あるものです。
若い頃は働かないで楽をしようと思うもので、働いていれば楽が出来るとは認識出来ない。と似たようなものかもしれません。
人の営みは縄文時代も現在も基本的には何も変わってないものでしょう。
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[津軽平野にあるUFO離発着場。つがる地球村。]

by tk-mirai | 2019-06-15 20:09 | Comments(0)

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