本当

{一月から三月始めにかけての刺身物。三沢産北寄貝、陸奥湾産赤貝、津軽海峡産河豚・真ソイ・ヤリイカ・鰊。}
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今の店を始める直前に新聞配達をしていたことがあります。
その期間は何社もの新聞を読んでいたものです。
毎日何社も読んでいるとそのうち「毎回同じ。会社名・個人名が違うだけで書いていること内容は変わりない。」と感じるものでした。
そして、同じ事柄を扱っているのに会社によって示し方が違うし、個々に方向性が決まっている。という事に気が付くものです。
ちょっと失礼な表現になりますが、そのうち「読んでも時間の無駄だな。」と思うようになり、それから新聞は全く読まなくなってしまいました。と同時にテレビも同じようなものなのでほとんど見なくなってしまいました。
社風なんだと思いますが、自分が知るテレビ関係者も新聞社の方も出来のいい方々ばかりなのに紙や映像にすると「何でかな~?」というものになるのは不思議なものです。
自分がテレビを見るとしたら、不正がなさそうなスポーツか信憑性の高そうなドキュメンタリーぐらいでしょうか・・・。
自分が知りたいのは「本当は何があったのか?」という事実だけです。
方向性が決まった記事や報道、余計なコメントや無責任なコメンテーターは必要ないです。
多くの方々が知りたいのは真実だけだと思われます。そこで実際何が起きたのかという事実だけ伝えてくれるメディアがあればそれで十分だと思います。
認識に世代間の格差があると思いますが、ある一定の世代から上の方々、情報がオールドメディアだけだと「テレビ・新聞は嘘はつかない。」という感覚があると思われますが、複数の多角的な情報を見聞きしている方々は「新聞・テレビ・教科書・歴史書はうそはつかない。」というのは妄想だということを認識しているものでしょう。
今でこそインターネットが発達して、地上波以外のメディアも存在するので信憑性の高い情報や映像でそこで何があったか事実を少しは垣間見ることが出来ますが、自分が25歳ぐらいの頃はそんなものが無いので、歴史書・専門書から数少ない「真実かも?」を探すくらいしか出来なかったものでした。
ネット情報も少しずつ信憑性も上がってきたように感じます。映像で生中継してくれるものや動画で取った状況をノーカットでアップしてくれる活動家の方々がいるおかげで、事実を知ることも出来るようになりました。
平和活動家らしい方々環境保護団体らしい方々の実態や都の選挙で多くの聴衆を集めているのに大手メディアに出てこない候補者の演説なんかも見ること・知ることも出来ます。南の県の2つの新聞社の報じ方が極端らしく、その土地の方が言うには「新聞は日付しか当たってない。」という話も聞いたことがあります。
政治と宗教とお金の話題になると話がつまらなくなりますが、認識しておくお題でもあるような気がします。
{南部は七戸産三つ葉。たっぷりの三つ葉のお浸しが青菜好きにはお勧めです。}
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「本当の作り方って何だろう?」と、料理作りを迷っていた時期がありました。
20代前半は完璧を求めていたのかもしれません。「絶対これだ。」という確証が欲しかったのかもしれません。間違いを許せなかったと思います。
その迷いがあった頃は既に数軒の店で働いた経緯があり、個々のお店によって同じ名前の料理なのに作り方仕立て方が違う手法が違うということがちょくちょくありました。
「どのお店のやり方が本当なのか?」「どの作り方が正しいのか?」「この料理の本当は・・・?」。
今までのやり方でよかったということもあれば、全然駄目で手直しされたこともありました。「数軒前のお店の作り方のほうがいいな。」と感じた事もあれば、「次の店ではもっといい作りがあるのかも知れない?」と思うこともありました。
これに加え、料理本を調べだすとまた別な手法が出てきて、「このやり方も実験するか・・・。」という事を繰り返してばかりいました。‘本当’を探していました。
料理屋・レストランを食べ歩きするとそこでも「んん?何かどこかに自分の知らない仕事が隠れている。」「なるほど。そうかこうすればいいのか~。」「この料理の意味はこれだったか。」などという経験もありました。
そのうち知識や技術や経験の積み重ねで全くのオリジナルということはないけど、自分のやり方というものが何となく見えてくるものです。
本当探しをしているうちに本当というのは無いんだと言うことも何となく感じてくるものです。
料理に本当は無いということを認識出来た時、正しい生き方というのは有っても、本当の生き方というのは無いという事も認識できました。
{青森の真冬の郷土料理、真鱈の身が入った湯豆腐。}
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ここ20~30年の発掘・歴史研究で認識も通説も覆ることが多々あります。
けれどもいくら古書・新書・歴史書を読み漁っても、事実確認をしようとしても何があったかを知ることは出来ません。
その時代に見聞きしているわけではないですから、本当を知ることは不可能です。
友人・知人の長い付き合いであってもその個人の本当を知ることは出来ない。という事も認識するようになるでしょう。家族の事でさえ本当を知ることは難しい。という事も何となく感じることもあるでしょうか?
だからといって、知る事・本当の事の探求をあきらめては衰退するだけです。
料理に限らず全ての分野が日進月歩で、昭和の時に比べれば競争率も5倍以上にはなっていると思われ今までの常識や定石が変化しています。「これでいい。」とか「このままでいい。」という事はあり得ません。
どんなに作り続けても、どんなに調べても、どんなに経験を積んでも料理に本当ということはないです。
料理に’完成‘や’到達‘などの表現はあり得ません。常に未完で改善点があり飽くなき探究心や向上心が加味される事によって半歩前に進めるだけだと感じます。
そこそこ料理をしてきた経験・直感・知識・技術などが複合的に身についているから、「これが一番最善な仕事だ。」という事は導き出せても「これで完璧!」という事はありません。
30年近く将棋界のトップにいる羽生善治さんが不可能だといわれていた永世七冠達成後の記者会見で「永世七冠というタイトルを極めた感じになりますが、これから何を目標に戦っていかれますか?」という記者の質問に「将棋そのものを本質的に何処まで分かっているのかと言えば、まだまだ何も分かっていないというのが実情だと思う・・・。」と答えられたコメントが本当を表していると感じます。
知れば知るほど経験を積めば積むほど’分からない‘という事が出てくるものです。
だから面白いということも認識し、本当が無いから面白く、答えが無いからこそ答えを見つけるのが面白いものでしょう。
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{自分の住む地域の青森市内の沖館川。今シーズンは寒いので河口付近にも関わらず川も一部凍結する現象が見れました。}

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by tk-mirai | 2018-03-08 20:03 | Comments(0)

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