将来

{この時期津軽平野の風物詩。白鳥の北帰航。}
b0111551_19492534.jpg

平成と呼ばれる現代で、「これは日本料理です。」と言えるものはどの位の数があるものでしょう?
日本料理の代表格といえば、「鮨・天麩羅・蕎麦・鰻。」と言えば一番浸透している代名詞になるでしょうか?
その他にも、御結び・御味噌汁・沢庵漬け・青菜のお浸し・雑煮・お汁粉・田楽・煮しめ・卵焼き・鮎の塩焼き・佃煮・酒蒸・お刺身・うどん・湯豆腐・おでん・海苔巻き・ひじき煮・おから煮・けんちん汁・筑前煮・かまぼこ・ところてん・きんぴらごぼう・膾などなど・・・・。挙げればきりが無いくらいあるものでしょう。
歴史から見れば新しい日本料理というか和風食といえば、ラーメン・ナポリタン・とんかつ・カツ丼・牛丼・ライスカレー・オムライス・モツ煮込みなどでしょうか?
始めに挙げた料理は元々は江戸のファーストフード。庶民の食べ物でそれほど気張った大袈裟な食べ物ではなかったものが、今では高級料理となってしまって庶民には高嶺の花という感じでしょうか?
次に挙げたものは、昭和までは基本的な家庭の料理であったものですが、料理をしない現代においてはなかなか家庭ではお目にかかれない料理も含まれているように感じます。それだけ手間ひまかかる料理であり、忙しい現代人には不向きな料理なのかもしれません。
最後に挙げた料理の数々は、和食では新参者とは言え、どちらかと言うとこちらの方が現代の方々に頻繁に登場する料理なのではないかと思われます。それだけ手軽で安く早く、作るほうも食べるほうも簡単だと言う事が言えるかもしれません。
{津軽海峡天然活本鱒。活締めしているので卸してもまったく血が滲みません。}
b0111551_19513841.jpg

昨今のスポーツを拝見していると、20年前まではお目にかかることが無い光景を見ることが出来ます。
決して人種差別的な意見ではないと言うことを初めにお断りをさせていただきます。
ラグビーでもサッカーでも、‘日本代表’と言う言葉を耳にして、テレビを見ていると「ん?どっちのチームが日本?」と一瞬戸惑ってしまう感覚になったことが自分は何度かありました。もしかしたら世界中の観戦者の方々もテレビを通して同じような感覚をお持ちになったのではないかと推測いたします。
‘日本人’と言うイメージは、これからは多様性を必要とするものでしょう。
個人的には国境も人種も分け隔てなくごちゃ混ぜで仲良く出来ればいいと言う方ですが、今は色や見た目では判断できないほど混血が進んでいるものでしょう?
自分が学校に通っていた頃、NBAのアービン・ジョンソンやマイケル・ジョーダン、NFLのジョー・モンタナやダン・マリーノなどが活躍していた時代は、白人はハッキリ白だし、黒人はハッキリ黒でした。
昨今のメジャースポーツを拝見していると「白人かな?黒人かな?」と判別出来ないほど、混血が進んで曖昧になっているようです。人種を気にしない自分にはその方が差別も無くなりいいと感じます。
ライスカレーやナポリタンなどは料理の混血と言ってもいいでしょうか?
日本人は本場の料理を輸入してくると、自分の好みに合うように和風に融合させオリジナル料理を開発してしまう器用さを持っています。
これからは益々その様な料理は増えていくのではないかと思われます。
{津軽平野柏村の百年を越える林檎の古木。}
b0111551_19541014.jpg

そんなところが原因で、真新しさを求めて日本料理なのか?そうではないのか?と言うような料理を日本料理と銘打っているお店でも見かけることがここ20~30年くらいの間に多く見られるようになりました。
自分も飲食業に入る前は、「世界中の料理を学んでいい所取りをし、色々な料理を融合させたものを作ろう。」と考えていたものですが、修行が進むにしたがい「それは、不味くなるだけだ。日本料理は王道料理が一番美味しく飽きない。混ぜる事よりも洗練させていく方が美味しい。」という事を感じるようになってから、混ぜ混ぜ料理を作るのを止めてしまいました。
ここ数年「美味しいな~。」という料理屋さんを見ていて感じることは、とにかくシンプルに王道に徹して余計な要素をそぎ落とした料理が増えてきているようです。素材重視で技巧的に成らず、食材が持つそのもの本来の美味しい部分をクリアーに表しているものです。
ところがその様なお料理は食材費がかさみ、家庭では出来ない料理になってきています。家庭では混血料理や欧米化が進み、料理屋では純粋な王道の日本料理が増えつつあり、二極化が進んでいるようです。
料理屋の料理は、その昔家庭の主婦が一所懸命料理を作っていた時代があり、家庭に似た料理では商品にならない。家庭のものとは格差をつけなければならない。などの理由から食材の旬を大きく先取りし、初物を有り難がり主婦には真似の出来ない技巧的な料理が主流の頃もありました。今は技巧的な料理は少なくなっているようです。木の葉に切ったり何かの形に捏ね繰りまわした料理は、味覚・質を重視する料理人には敬遠されているものです。
{日本海側鯵ヶ沢産鮟鱇肝、肝だけで3キロ超。青森県は東日本で鮟鱇漁獲量№1。}
b0111551_2003917.jpg

日本では家庭からお惣菜と言われるような日本料理は姿を消しつつあり、混血した料理が主流になっています。海外では日本食ブームということで、色々な日本料理が浸透しているようですが、その中には「んん~。それは日本料理と言えるのかな?それってごちゃ混ぜ?」というようなものも数多くあるように感じます。
現代人が認識している今の日本料理の形は江戸時代中期にはあったようです。ところが、今の家庭の食事や創作料理や海外の日本料理を見ていると、これから時代が進んでいくと「日本料理」という姿はどんな様子をしているものか?と考えてみるものです。
温暖化や環境変化は進み、乱獲や自然の減少で食材は枯渇し、昭和の頃ほど有り余る美味しい食材は少なくなってきました。「10年前まで山ほどあったのに今はめったに見かけない。」という食材がいくつもあります。20年前までは見かけなかった食材も、海水の温暖化で見かけるようになりました。
これからは滅んでいく日本料理も沢山出てくるでしょうし、今海外で作られている料理が日本料理の主流になることも有るかもしれません。
日本人の混血が進めば、勿論料理の混血も進むと思います。20年前は白黒ハッキリしていたものがこれから20年先はどっちか分からない状況にも成るでしょうか?
家族の形や仕事のスタイル、歴史認識や人との関わり方、食事のスタイルなどもどんどん変化していくと思われます。「美味しい。」という感覚も変っていくかもしれません。
今現在郷土料理が次々姿を消しています。昭和までのお惣菜を知らない人々も増えています。
そのうちナポリタンやライスカレーが日本料理の遺産に成ることもあるかもしれません。
「日本料理って何だべな~?」と考え、日本料理の歴史を紐解いて昔の料理を認識出来ても、100年先200年先の日本料理の姿はなかなか想像がつきません。多分、王道料理は残っているとは思います。
自分達のような日本料理の職人はどうのこうの屁理屈・ご託を並べても、その時代に応じてその時手に入る食材で料理を工夫し作りお客様に喜んで頂くように務めるものでしょう。
今ある環境の中で美味しいと感じ料理を作るしか頭は働きませんが、「将来の日本料理は美味しいのかな~?」と創造をくすぐるものです。
b0111551_207919.jpg

{もう少しで桜の季節ですね。金木町芦野公園駅。}

ヤフーブログ‘食の桃源郷 青森’もご覧ください。
ライブドアーブログ‘世界に誇れる青森県の郷土料理’もご覧ください。
by tk-mirai | 2016-03-04 19:39 | Comments(0)

未来のオーナーのブログ


by tk-mirai
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31