大人用

{つがる市森田の夕焼け。}
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とある所でお伺いしたお話なのですが、アメリカさんではここ数年子供用に銃が販売されているとの事。
勿論、あちらの国では合法なので不思議な事ではないのでしょうが、自分のように平和ボケした日本に生まれ育って、現代の日本文化が当たり前のように身についてる者にとっては、なんとなく違和感を感じるものです。
年に何度か、学校での銃乱射事件や幼い兄弟が家で遊んでいて親の銃で子供を撃ち殺した。などなどの悲惨な事件をニュースで拝見することがあります。
平均的な日本人なら「銃なんて売らなければいいのに、持たせなければいいのに・・・。」と単純に思ってしまうものでしょうが、奴隷制度や南北戦争などの歴史や文化が背景にあるのでなかなか銃規制は進まないのでしょう。
‘ベン・ハー’や‘猿の惑星’などで主人公を務めた俳優さんが、スクリーンの中では虐げられる役を演じて大喝采を浴びたり、公民権運動の一旗を担ったりしても、現実の世界ではライフル協会の会長を歴任しているというのは、自分の財産や身を守るなど環境の複雑な事情があったにしても人には矛盾は付き物だという事を教えてくれる気がいたします。
近年は全米の銃を所持する大人にはほとんど銃が行き渡り、銃の売り上げが頭打ちになり、売り上げが落ち込んで困ったライフル協会が目に付けたのが、「大人が買わないなら子供に売る。」ということだ。と耳にいたしました。
利益と危険は隣り合わせのようで、「そこまでするものなんだな~。」と、市場主義の凄みを感じます。
{我が家の畑の茗荷田楽。大人になられければ美味しさが判らないものも中にはありますね。}
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銃に限ったことではなく、子供の数が減少しているというのに、随分子供用の商品が巷には溢れていると感じます。
デパートのおもちゃ売り場なんかは縮小傾向のようですが、それ以外のものに随分と気が利いているというか「やりすぎなのでは?」という子供用のものが氾濫しているように感じます。
昔は今よりも子供の数はずっと多かったのですが、それほど子供用という商品は少なく、どちらというと大人用の製品ばかりで、子供も大人と同じく大人用のものを使って生活をしていたことでしょう。
ですから、多少子供にはサイズが大きく、使いこなすには難儀な部分が沢山あったと思いますが、子供ですからすぐ慣れて使いこなすし、数年で体格も大きくなるものですから、自分もそうでしたがわざわざ子供用で慣れさせなくても大人と同じ物を使わせていれば、技術力も精神的にも早く成長するし物覚えもいいもののような感じがいたします。
子供というものは近くにいる大人の真似をしたがります。
目の前の大人の習慣や喋りを真似たり、口笛を練習したり、胡坐をかいてビールを飲んだ振りをしたり、ささっと箸使いがうまい大人を目の前にするとその持ち方を研究したり、大きな自転車をうまく乗れるように練習したり、大人がうまそうに食べている癖のある珍味を食べれるわけも無いのに真似して食べて辛かったり苦かったりして泣いたりと・・・・。
何でもお初のものはうまく出来るわけはありません。ところがやっているうち、食べているうち、それに慣れるものでしょう。大人と同じような生活習慣・食習慣をしてれば、精神的にも技術的にも向上するでしょう。
{陸奥湾産ハゼ。夏の天麩羅種の女王です。}
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テレビや製品に限らず、外食産業も子供をターゲットにした飲食店や子供受けする食べ物、子供が「行きたい!」と言えば親・爺様婆様は「子供の言う事は聞くだろう。」と、子供だましと言えば失礼かもしれませんが客寄せにおもちゃ付きの商品なんかも沢山沢山見受けられます。
昔であれば「そんなの子供の食い物・・・。」というものも、年だけ成人以上の方々も好まれて召し上がっているようです。
商品開発は、精神的に大人を相手にするより、子供を相手にしたほうが楽ですし売りやすいものです。
物知りの大人を相手にしても、経験もお金の使い方もお馬鹿なことはしないですから、見た目より中身が充実していて値段相応かお値段以上のものしか購入してはくれません。売る側はコストも苦労も大きいですから、リスクは避けます。大人用より子供向きの商品開発をして、利益の出る品物を売り込みます。ですから、商品の売り込み方は、売る側は自分よりも精神的に低い人をターゲットにすることが多いようです。自分より大人を相手にしても商売には成り難いのです。
自分で作れるものや既にあるもの、質が丸見えで判りきった物を買う人はいないでしょう。
自分より優れているから、憧れだから、無いものだから、判らない物だから消費意欲が生まれるものです。
そうだからなのか判りませんが、このごろ大人用の商品の少なさに寂しい思いをするものです。
低価格で低レベルなものを欲する。もしくは商品化することはいかがなものでしょうか?
幼稚な商品や番組ばかりでは、社会も国力も低迷するでしょう。
売る側の人が自分の子供や家族に勧めたい、毎日食べても大丈夫。という商品は少ないように感じます。
{つがる市木造の馬市祭りパレードのスコップ三味線。}
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自分の育ちが恵まれていたのは、車も持っていない家庭でして、どちらかと言うと平均よりは下かもしれないな~という細々とした生活環境の中でも、大人と同じものを飲み食いし、30~40も年齢が上の方々と多く触れ合う機会があり、大人と同じ製品に触れて使ってきたと言うことが役立ったような気がいたします。
家の母親は「すぐ慣れる!」と言って、ライスカレーも甘口は作りませんでした、ジャワと印度の辛口のブレンドのカレールーでした。「ヒーヒー。」しながら食べた記憶が残っています。
我が家ではパン食はまったくなく、三食白いご飯。和食以外と言えば、カレー・ハンバーグ・餃子・チャーハンだけ。既製品は見たことが無く、旨味調味料もありませんでしたし知りませんでした(カレールーには入っていますね。)し、高校までカップラーメンも食べたことがありませんでした。
パンや焼きそば、お好み焼き・スパゲッティーなどの粉物はおやつで食事には入りません。
それが粉物が悪いとはいうことではなく、ほかに美味しいものがあるなら手軽な粉物ではなく、季節の旬の栄養価の高いものを口にするほうが健康的でしょう。
春は親父が山菜を採りに行き、採ってきてすぐ調理してくれテーブルの上は緑色のおかずばかり。夏は家の裏の畑のナス・トマト・胡瓜・ささげを、食べる時食べる分だけ取って料理しくれ食べた物です。秋は白菜・キャベツに根菜類の煮物。冬は保存した山菜とかっちゃ(母親)が冬前に大きな樽に十数樽漬けた漬物がメイン。凍って飴色になった鰊漬けが口の中で少し酸っぱくなり、飴色の氷がじゃりじゃりとして美味しくて美味しくていくらでもご飯が進んだものです。それに焼いたか煮た魚に刺身が付いたものでした。
多分、昭和の青森の一般家庭ではごくごく普通のことだと思います。家に畑が無くても近所から野菜を貰うのは青森では普通のことでした。青森では帆立・りんごは買う物ではなく貰うものです。が、今でもその様な食生活の家庭は少数派かもしれません。
{ピリ辛の葉唐辛子の佃煮。これも大人用の食べ物ですね。}
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子供用というのは、最低限必要なところでいいような気がいたします。洋服類・学習道具類・チャイルドシート・公園・保育園・学校など。動きずらい、知能発達、命にかかわる、体を動かす場所、団体行動の場。というようなものだけで十分なのではないかと子育てしながら感じます。
大人と同じような食生活、道具、環境、大人と共に過ごす時間、大人と同じ感覚などなどを幼少期から味あわせる方が将来性があるような気がいたします。昨今は、あまりにも子離れ出来ず子供中心という環境を親・商品ともども多く作りすぎと感じます。
大変有難い事に、時折当店にも小さいお子さん連れのお客様方々がご来店なさいます。
そんな時もお子様ライスなどはご用意せず、食べやすく一皿盛りにしてコンパクトにしても大人と同じ食事をお出しするし、接客もします。
騒いたりなどの迷惑行為は年齢は関係ないですから、ほかのお客様のご迷惑にならなければ小さいお子様もお断りすることはありません。
年齢が若いほど正直で繊細ですから、季節の旬ものを添加物の無いものをあっさりとしたしみじみとした和食の味わいを大人と同く召し上がっていただきたいと考えております。
精神的大人用の製品・商品・飲食店・テレビ番組が増えると今よりはいい社会になるような気がいたします。
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{津軽鉄道の待ち人達。}

ヤフーブログ‘食の桃源郷 青森’もご覧ください。
ライブドアーブログ‘世界に誇れる青森のj郷土料理’もご覧ください。
by tk-mirai | 2013-08-28 19:40 | Comments(0)

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