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簡素

{鶴田町津軽富士見湖から残雪の岩木山を望む。}
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昨今は、なかなかいい料理書にお目に掛かる機会が少なくなってきたものの、料理話で溢れる本を読むことはとても楽しい時間であります。
自分事ですが二十代も後半になると、レシピや料理の写真つきの料理本を読むことはほとんどなくなってしまい、どちらかというと料理に対する哲学やエッセイなどが書かれている本を選択することが多くなったものです。
自分自身毎日作っている料理は日本料理なれど、ジャンルに関係なく何でも食べ物なら興味があるので、和食に限らずフレンチ・イタリアン・中華・菓子・茶・ワイン・日本酒などなど、飲食ものなら何でも興味がわけば手にとって読むものです。
一時期、フレンチのお話盛りだくさんの辻静雄さんの本を随分読んだ時期があり、辻静雄さんの魅力溢れるエッセイに心をくすぐられたものです。
「一度でいいから、洋食なら辻静雄さん。和食なら辻嘉一さん。と一緒に飯を食べてみたかったな~。」と自分は勝手に妄想していたものです。
40年ほど前のお話のようですが、辻さんが実際フランス各地を周りレストランやオーベルジュなどなどで経験された物語を細かく優しく愛嬌たっぷりに表現されており、辻さん著作の本は20~30年前西洋に憧れてヨーロッパに渡りフランスで食事を経験した時代の方々にとってはバイブル的な講読書だったろうとご推測いたします。
辻さんの本の中で、たびたび登場する‘ラ ピラミッド’というレストラン。
辻さん曰く、その時代世界最高のフレンチレストランだそうです。
そこまでそのレストランを高めた料理人として、フェルナン・ポワンさんという料理人がフレンチでは有名だそうですが、その方がフランス料理界に残した功績というのが‘料理の簡素化’ということだそうです。
その前の時代がエスコフィエさん、その前がカレームさんということらしいいですが、三者とも本で読んだだけで食べたことのないものは、話しようがありませんね。
ポワンさんの次の時代には、ポワンさんのお弟子さん方が日本料理からも影響を受けヌーベルキュイジーヌなるものを考案し、フレンチを進化させたという事のようです。
{津軽平野木造町極小粒新芽じゅんさい。}
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美味しい料理というのは、見た目はシンプルで平凡で、何もしていないような何でもないようなものです。
平凡なようでいて非凡なものです。
ところがそこまで進む過程には、複雑さや苦労や哲学や時間やお金がかさむものです。
あまり食に興味や造詣、経験がない方にはシンプルな料理は意味不明かもしれません。「どこにでもある。これなら自分でも作れる。」なんて感じてしまうかもしれません。
年を重ねるうち、食の経験を積むうち、着飾った料理や食材よりも油と調味料が勝った料理、ゴテゴテした料理などは遠慮したくなるものです。
シンプルにあっさりと、さらっと食材そのものの味わいを食べさせてくれるほうが居心地がいいものです。
まだまだ、主役がなんだか分からないような派手な料理、奇抜な料理のほうが一般受けはするし、話題にはなるし、少しは流行るし、そちらの方が手がかかっているように見えて目先の商売上もいいでしょう。
それでも時代が進むにつれ、簡素化というゆっくりとじっくりと進む波に流行は蹴散らされてしまうものです。
このところよく感じるのが、予算や時間が限られれば限られるほど、商品はシンプルに簡素化し洗練されクリアーに単純なものが選択されるほうが多いような気がいたします。
予算や時間に余裕がなくなると、お求めになるほうは雑多な商品より使い勝手や実用性を重視するものでしょう。綺麗とかかわいいよりも、見た目よりも中身を重視するのではないかと思われます。
そして、そのようなものほど、着飾った流行のものより単価や価値は高いものです。将来的に王道として後世に残る可能性があるでしょう。
{津軽半島天然根曲がり筍。今年は春が無いので不漁です。}
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ここ最近ご近所の一軒のパン屋さんが閉めてしまいました。もしかしたら、また同じ場所でパン屋さんをやるかもしれませんが、閉店の張り紙にはそのような事は示されていませんでした。
長い間その付近の方々には馴染みのあるお店で、立地条件的にも昔は繁華街の表通りで、決していいとは言わないまでもご商売は悪くなさそうに見えたものですが、突然お店をたたんでしまいました。とても悲しいことです。
そのパン屋さんの近くにもう一軒老舗の古びた、いかにもいつ閉めるとも分からないような裏通りの小さな小さなパン屋さんがありますが、なぜかそこはまだ健在です。
そのパン屋さんはとても地味です。パンやケーキも「これって・・・、何十年前のパン・ケーキ?」と感じさせてくれる哀愁漂う品々です。
近場に有った二軒のパン屋さんのうち一軒が閉められてしまったので、残りの一軒は頑張ってもらいたい。自分の店も他人のお店を心配している場合ではないですが、この素朴なお店は「街には必要だろう。」と思ったもので、改めて買って食べてみると、手作り感たっぷりで、どこか素人っぽくぎこちない。ところが素朴で哀愁たっぷりで、お店の方々が生真面目で正直で純粋で人がいいのがすぐ分かります。
ショーケースに並ぶ品々も、どこか不器用で見た目はまったく食欲をそそらないし、失礼ながら美味しそうに感じ取るのが難しい・・・・。
ところが食べれば、余計な不純物の味は感じないし、静かであっさりと美味しいもので、抵抗なく肩肘張らずポンポンと食べれます。
そのパン屋さんの商品を見て感じることは、仕事に欲がないこと。商品自体が無垢で純粋で、売り込むことも着飾ることも、目立つことも、儲ける事も、流行ることも、商業的なことなど無関係なそぶりで静かにたたずんでいます。
今のご時勢そのような商品に出会う機会は極僅かと言えるでしょうか・・・。
もしかしたら、そのお店は探究心がない、開発費に回すほどは予算はない、現代のパンやケーキを知らない、今の現状で食べれるだけのお客様がいるし何とかやっていけるからと保守的な経営をしている・・・。などなどと考えることも出来るかもしれません。
そのような本質の中身については、やっている本人しか知りえないし、外野が口を出すことではないでしょう。
黙って、落ち着いて、機会があるごとに通ってお店の商品を口にすることがお店を応援することになるでしょう。もちろん、必要なアドバイスや小言はたまには必要です。
{支店はたぶん無い、新町栄作堂本店のバタークリーム入りサバラン。}
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自分個人が感じるいい仕事とは、作られる商品に欲を感じないこと。いい職人とは仕事に欲がないこと。
商品からその作った職人の義理人情や人間性・哲学が垣間見れることが大切なことと感じます。
我々日本料理を生業としているものにとっては、先人たちが残してくれた、伝承してくれた、口伝してくれた和食の文化は金では到底表せない芸術遺産です。
日本料理の本質や王道を進む料理は、とてもシンプルで簡素化されたものです。
中には見た目や作りが派手で、突拍子もない料理も昔も今もあったようです。
ところが、昔からそしてこれから先も、普遍的に残っていくだろうという料理はとても単純でシンプルです。
日本料理の基礎は江戸時代の中期には完成されたと言われているものです。
もちろん味わいや食材の質、調理道具の進化などによって変化はあれど、基本的なことは完成の域に到達していると言われています。
五味・五法・五色というのが基本です。甘い・辛い・苦い・酸っぱい・塩辛い。生・焼く・煮る・揚げる・蒸す。青(緑)・赤・黄・白・黒。味と調理法と色合いの組み合わせです。
五味五法五色、どのようにどう組み合わせても、シンプルに簡素化した料理が一番美味しいものです。
世界の料理の中でもっともシンプルで簡素化された料理は日本料理と言えるでしょう。
世界の料理の中で最先端と言えるし、唯一無二とも言えます。
世界の料理の中で唯一の引き算仕事と言われ、フレンチや中華やイタリアンなどの料理のように、食材に調味料を付け加えて足し算していく料理とは本質が違います。
その食材から不必要な要素を取り除く料理。
たとえば、洋食のほうれん草のサラダは、刻んでドレッシングを掛ける足し算仕事。和食のほうれん草のお浸しは、茹でて灰汁と水分を抜く引き算仕事。
どちらがいいとか悪いとかではなく、それぞれの良さがあるでしょう。
洋食にも、ワルターのオーケストラの様な、ホロヴィッツのソロの様なお料理も有るでしょう。
簡素化された王道料理を今よりももっと美味しく、もっと洗練させていくには、時間もお足もかかるし、一般的に受け入れられるには、もっとさらに時間がかかるでしょう。
最近は、洋食でも和食のような味付けのお料理に出会うこともありますので、簡素化料理の終着点は伝統的な日本料理ということでしょう。
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{今年初入荷の小川原湖産天然鰻。生臭みの元となる表面のぬめりを落とすため一度白焼きの下処理をします。}
by tk-mirai | 2013-05-29 22:03 | Comments(0)

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