バランス

{自家製手打ちそば。新そばの時期になりましたね。}
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今日は少ししゃべりすぎたな・・・・。
今回は怒り過ぎたかな?
余計にプライベートな話にまで及んでしまったな・・・。
昨日は酒を飲みすぎた。
付き合い方があまりにも深すぎたようだ。
温存せずに最初からパワーを出しすぎた。
仕事と家庭の両立が出来ていない。
収支と収入に格差がある。
などなど、普段の生活でも程よい加減、程よい程度にお付き合いする、物事を程よく処理する、話し合いを適度に進める、いろんな物事でも仕事でもプライベートでも、バランスよく、頃合を見計らって程ほどに進めるということはとても大事な事と思います。
自分ごとで恐縮ですが、若かれし頃は行動でも話し方でも、周りがどうの、他人がどうのなどは後先考えず、「脇目も振らず行ってしまえ!」という感じで、随分恥ずかしい事や話や態度などをとったものです。
そういう時期も必要なんだと今では思うものですが、20代中頃からはどんな物事でもバランスをとることがとても大事な事だと認識するようになったものです。
そんな事もやはり料理から学ぶ事が多かったでしょうか。
「近い将来、自分の店を持つんだ!」という目標を掲げ、「来年はこうしていよう!」「3年後の自分はこうなっていなければいけない!」などと自分自身に課題を課せ、家族やプライベートな事を何一つ考えずに仕事に没頭していた時期があったものです。
二十代前半の頃、自分の誕生日も過ぎてしまってから、「そういえば誕生日過ぎてたな?何歳になったんだっけ?まあ、いいや・・・。」というときも数年ありました。
それはそれで必要な事であったと思うのですが、回りや家族には迷惑をかけてしまい「もっといい方法があったのでは?」思ったことも多々有ったものです。
毎日のように料理作りをしながらもちょくちょくあることですが、出来上がった料理だけでも「ちょっと火を入れすぎたかな?」「手を加えすぎたかな?」「調味料が多すぎたかな?」「あっさりし過ぎかな?」などと思うものです。そして、料理は食べ手があって初めて価値があるものですから、食べる方の価値観や認識、年齢や体調によって様々な趣向を考慮し、バランスよく料理を表現する事をいつの頃からか心がけるようになったものです。
{津軽半島天然ナメコ。今年は春に雨・嵐・雷少なくキノコは不量です。}
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‘美味しい料理’のバランスはというと、日本料理でも世界の今の料理にも通じる事と思いますが、必要以上のものを排除し、簡素化しシンプルに調理し、シンプルに盛り付ける事が現代料理の先端料理と言えるでしょうか?
日本料理はその代表料理と言えるでしょう。世界中の料理で唯一の‘引き算仕事’と表現されます。
その食材の本質を見据え、余計な部分を削ぎ落とし、必要な部分だけをクリアーにシンプルに季節の食材の持ち味を表現するのが日本料理の真髄でしょう。
青菜のお浸しは、茹でて灰汁と水分を抜き味を凝縮させる。お刺身は魚を活締めし血を抜き、鱗やヌメリ皮を剥いて身を吟醸にする。野菜類を切り付ける時も一度水に落とし灰汁抜きや酸化防止をする。などなど下処理の段階でも引き算をし、手間隙掛け食材のいい部分だけを抜き取ります。
そのほかの世界の料理は、食材を切り付け鍋に入れ、油を足し調味料を加え香辛料を加え足して足して料理を作る足し算仕事になります。
「灰汁もその食材の持ち味。」といって、灰汁抜きもあまり必要としないかもしれません。
ところが自分から見ると、確かに灰汁もその食材の持つ特性ですが、灰汁抜きをまったくしなければ、雑味やえぐみはどうしても出てしまいます。それが美味しい料理の邪魔になる要素でもあります。
だからと言って、綺麗サッパリ灰汁抜きする事もその食材の味わいをも無くしてしまいます。
ですから、その辺もバランスよく、調理方法や出来上がる料理、食べる状況を判断し、適度にバランスよく引き算足し算をしなければいけません。
食材同士の組み合わせも調理法もバランスが必要です。
一見すると、沢山の食材が入っていたり、何が主役だか分らない程手の込んだ料理は贅沢で美味しい料理のように見えたり感じたりいたします、食材をかたどったり、見た目や色合いを重視した料理は目には美味しいように見えますが、美味しい料理を追求し進化していくと、シンプルにクリアーに見た瞬間何だか分る料理が美味しい料理の本質となるものでしょう。
ですから見た目にはその凄みは分らないかもしれません。美味しさの追求の先は一見見た目は平凡です。目に見て煌びやかさは無いものです。商売上もあまり受けないかも知れません。
けれども、そこまで繊細に洗練しクリアーな味わいを作り出すには、予算も手間隙も、知識も調理技術も精神面も向上させなければ表現は出来ません。
そんなところも、実は程よいバランスが必要で、料理を生業とするものは、美味しいものを追求しすぎ、原価を掛け過ぎてもいけない、シンプルすぎる料理も受けない、クリアーすぎる料理も売れないなどなどバランスを保つのはなかなか難しいものです。
{世界遺産白神山地赤石川の天然子持ち金鮎あっさりとした甘露煮。}
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それに加え、作り手と食べ手のバランスもとても大事です。
どんなに料理人が手間隙掛け、物によっては数日前から、鮮度が命のものは早朝から調理場に篭り、何時間も掛けて準備し精神誠意込めて作った料理でも、食べてがまったく料理に興味が無く、出されても手も付けない、酒ばかり飲んでお話ばかりして、料理はほったらかしという状況では、バランスも何もあったものでは無いでしょう。その反対に、食べ手は期待をし、この日を心待ちにし、この日のために体調を整え、夜の食事の為に、朝・昼食事を抜いて、食事の直前には整調薬を服用し、楽しみにしていた食事に実際行ってみたら、料理はお粗末、サービスは不手際、期待はずれの食事に気分を悪くした経験のある方も居られるでしょう。
美味しく楽しく食事をするためには作り手・食べ手の気持ちがそれなりに一つの方向性に向わなければ充実した時間を過ごす事は出来ないでしょう。
ですから、価値観、経験値、趣向、意識、仕事に対する執着、趣味の重複などなど様々な要因が重なった者同士が、同じ時間を過ごす方がお得であります。
自分がコース料理でお勧めする時もバランス感覚が不可欠です。
作り手は食べ手の年齢・趣向・お客様の食の経歴などなども考慮し、調理法や料理の量、調味料の多少をコントロールし、魚や肉や野菜の割合も程よく織り交ぜ、冷たい料理、温かい料理などなど緩急の上下も付けなければいけません。
勧め方、料理をお出しするタイミング、料理の説明やそれに合わせるお酒、ちょっとした小話などなどサービスもバランスが難しいところです。
料理屋ですから料理が主役なのは当たり前ですが、それ以外の複合要素も重要です。
その複合的な要素が料理屋と言う生業のバランスを保つものでもあります。
料理だけが美味しくても、お酒だけが充実していても、サービスだけが気が利いていても、店だけが立派でも、職人気質だけでも経営者感覚だけでも飲食店は成り立たないでしょう。
色々な要素が程よいバランスで保たれ、ちょうど綺麗な円を描いたような感覚のお店が理想でしょうか・・・?
そんな事も、和食の世界では昔から‘五味・五法・五色’と言って、調理の味わい、調理法、彩りを料理の基本として伝承して来たすばらしい文化です。
ところが人間は常にアンバランス、教科書には示せない事も多々あり、食べ手も作り手もバランス悪く、矛盾した生き物だから面白味もあるというものでしょう。
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{昭和の大火で全焼した五所川原の布嘉屋御殿の複製。明治の頃東北でも三本の指に入るほどの大富豪の邸宅。その当時総工費38万円。現在の金額で40億とも50億ともいう予算で建造されたそうです。そんな人が津軽のど真ん中にいたのでしょうね。}

ヤフーブログ‘食の桃源郷 青森’もご覧下さい。
ライブドアーブログ‘世界に誇れる青森の郷土料理’もご覧下さい
by tk-mirai | 2012-09-12 23:58 | Comments(0)

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