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都会料理と田舎料理

           ~営業のお知らせ~
   ゴールデンウィーク期間は休まず営業いたします。
   よろしくお願い致します。
翌週7~8日お休みいただきます。


{春の日を浴びる天馬林村中野の銀杏}
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食べる事が好きで「将来は独立してお店を開こう。」と13の時に考え、社会人になって料理の世界に入るまでは、自分が家庭で食べてきたものや郷土料理などを「じゃいご(田舎)臭い!」と正直蔑んでいた時期がありました。
「我が家の家庭料理なんて、別にどこでも食べれるだろうし、食べ物屋さんのほうが家の料理よりも必ず美味しいに決まっている!」と世間知らずな若気の至りからか、何か勘違いしていた様でした。
ところがいざ料理屋へ働きに出て、何軒ものお店を回るたびに「見た目や技術はすごいけど、家で食っている方が美味しいな~。」と思うことが度々ありました。勿論料理屋では家庭料理を圧倒する料理にも出会い、それはとても家庭で真似出来るようなものではない美味しさも実感できましたし、料理屋の凄みも知る事が出来ました。
料理書の専門誌などでも綺麗な写真と事細かく解説されたレシピや造り手の料理感などを見ていると「これは絶対に美味しい!」と思い込み「食べに行ってみよう!」と少ない予算で食べ歩きを始めたのも、まだまだ家庭料理や郷土料理を軽視していた頃からでした。
何でも実体験しなければ気がすまない性格なのか、料理専門誌やガイドブックで気になるお店はお邪魔したものでした。その多くはやはり広告力がある東京で、「東京の料理は青森より美味しい!」とも考えていたものです。
初めのころは福利厚生面もまったくなく、手取りで11万ほどの給料。その中から年金・国保・市民税・家賃・車のローン・車の維持費などを支払うと何もなくなってしまいます。それから最初の頃はその残ったお給金で何万円もする包丁も揃えなければいけませんでした。
ラッキーだった事と言えば労働時間が長時間で(一日平均16~18時間・徹夜もあり)お金を使う時間が無い事とご飯がお店で食べれた事が良かったようです。
休みもあるのやら無いのやら「明日お前休み。」と急に言われる店も有れば、月二回の定休日だけの店、日曜祭日がしっかり休みのお店などそのお店お店によって休みはまちまちでしたが、何軒もお店を回っているとお店と店を移る間に何日か休みがあるのでそれを利用したり、祭日が休業のお店のときはそれを利用して東京に食べ歩いたものです。
それでも予算が無いので、そこは銀行さんにお願いしていくらか工面してもらい、何ヶ月かかけてお返しする予定を立てて出歩いたものです。
期待を胸に膨らませ、「いざ東京。」と飲食店を食べ歩いた当初は、世間知らずで青森の感覚で、予算で食べるというお馬鹿さんなことをしてしまい、7000円ぐらいのコースのお店にお邪魔しました。
青森で7000円と言えば今でも20年前でも一般的には高額な料理になります。その意識でお邪魔してしまいました。
お邪魔してみるとお店の雰囲気はなかなかおしゃれな感じ、接客もいい感じ、お運びのお姉さんの笑顔も素敵でした。ところが出てくる料理の数々が「えっ!」「えっ!」「えっ!」の連続でありました。
何かよく分らないような業務用既製食品を切っただけの数種類盛り合わせの前菜なのか?お通しなのか?
「お造りです。」とにこやかにお姉さんに説明つきで出された刺身はというと、養殖のカンパチ2切れ、冷凍の縞エビ2本、冷凍のバチマグロ2切れ(養殖・冷凍とは説明はしてません。自分の判断ですが)。そしてそれが一緒盛(2人分)との事。
またまた笑顔で「本日のメインです。」と進められたのが、鉄板焼らしく大皿に2人分盛られたレタス半分とそれに斜め45度で気をつけしているような冷凍の薄い豚肉に彩りのパプリカに人参。それを「ポン酢かゴマドレッシングでお召し上がり下さい。」との事。
その当時その場で何が起こったのか自分では理解が出来ませんでした。頭の中が困惑し「こ、こ、これで7000円?????」・・・・・。
一番先の北海道の料亭で働いて献立を見たときは五千円・七千円・一万円・一万二千円と数字が並んでいた事に「料理に五千円も出す人がこの世にいるの?」と驚愕したものでした。
働き出して回数を重ねるうちそれが当たり前になり、それ以下では無理だとも理解でき今では最低でも地方なら五千円。都市部なら一万五千円からそれ以上でなければ美味しい食事は出来ないし、料理屋が経営が成り立たない事も分り、それ以下の金額で食べるのは控えるようになりました。
ですから、青森や北海道で五千円から一万円以上の料理を造り続けてきて、期待を胸に借金もして少ない休みを利用して時間もかけて青森から出てきた自分の前に「メインです。」と冷凍の豚肉が出てきた時はショックと言うか、唖然として時を止められてしまいました。
「これって、青森なら2500円~2800円くらいの料理だろう!!!お昼ならそれ以下の金額で食べれる。」とその時は天が砕けて落っこちてきた気分でお店を後にしました。
{津軽海峡天然活締め桜マス。サーモンと言われる物とは別格。朝締めで血抜きをしている為身はプリプリ。まったく血が滲んでこない。}
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それからも懲りずに、働きながら寝る間を割いて料理屋さんの本を読み「この人は期待を裏切らない!職人の心を理解している!」と借金してその料理本のお店に食べに行くと「・・・・・・・・・・・・・・???。」
コースの水菓子作りを任せられていた時期があり、料理本で見るその水羊羹の美味しそうな写真に恋焦がれ、自分自身もそのレシピ通りに水羊羹を何度も作り予習して、「本家は自分の作る羊羹よりもうまいだろう!」とわくわくしながらそのお店に水羊羹だけを目的に一万五千円のフルコースを食べに行った事もありましたが「??・・・・・・・・・?。」
それから幾度となくその様な思いをして分った事は、青森・北海道などの食糧自給率の高いところと、食糧を他の土地に依存しているところでは普段の食生活のレベルが違いすぎるという事でしょうか?所得格差や土地代も関係するでしょう。
生産地は食材も手軽に程ほどの価格で鮮度のよいものが頻繁に入り(輸入物は別)、都市部はお客様の口に入るまでに人や商社や商店などなど、間にいくつもの卸しが加わりお値段は上がり鮮度は落ちるという仕組みになっているものです。
青森など自然環境が豊富な地域では、ご近所さんが野菜を作っていたり、漁師もしくは魚釣りをしていたりして、おすそ分けもちょくちょくあることです。
今ではその辺の塩梅が少しは理解できる様になりましたので、都市部へ食事を楽しみにお邪魔する感覚も変わってきました。
都会でも地方でも美味しいものは必ずあります。けれども「和食は和食」と同じジャンルで都会の和食と地方の和食を比べて計らない事。好みでなかったら別なジャンルの美味しさを探す事。料理だけじゃない部分をもっと観察する感覚をつける事。都会の「美味しい。」と地方の「美味しい」は感覚や美味しさのレベルが違う事。土地によって美味しさに格差がある事と都会人と地方人では好みが分かれる事。生まれ育って食べてきた食べ慣れた美味しさも多少は関係するかもしれません。日本海側と太平洋側では食文化が好対照な事。内陸部と沿岸部では魚介類に対する感覚が違う事。食糧自給率が低いところは粉物が多く、ケーキ類は優れている事。金銭感覚では飲食店に限って言えば、一般的なラーメンやお蕎麦、チェーン店などは都会でも地方でも価格に格差が有りませんが、料理屋やレストランなど料理やそのほかの要素が格上になると都会と地方では2~4倍の値段の格差がある事などなどを感覚的に憶えて食事を楽しむ方が利口だと感じます。
{津軽半島のシラネアオイ。花言葉は‘完全な美’}
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そうこうしているうちに、幼少から自分が食べてきた家庭料理や田舎料理・郷土料理がとても優れたものだと気付き始め、飲食店では出会うことが出来ない素材や食材の組み合わせ、その料理の歴史や文化に根ざした奥深さ、市場や料理本に出回ることの無い食材や家庭の食などなど「こっちの方が美味しいし面白いな~。」と思い始め、料理屋さんやレストランでは味わえない感動や凄みを理解出来るようになりました。
青森を出て食べ歩いて青森と他を比べて感じる事があります。まず、築地や黒門市場、九州の市場などをお邪魔して「これは違うな~。」と思ったのは、魚屋さんが扱いが違う事。築地・黒門・九州の魚屋さん方は魚を丁重に大事に大切な商品だといたわって扱っている事。お客さんに対しても建前的に物腰も低い。青森の魚屋さんは魚の扱いが、この辺では普通のことなのだけど他と比べれば乱暴。お客さんととても友好といっていいか、一般のお客さんから見ればどっちがお客さん?という接客(それもこの辺では普通の事)。青森では魚介類の量も種類も多いので魚の扱いはレベルが低く、お金は無くとも食べるのに困らず競争原理も働かないので客あしらいもそうなるのでしょう。
青森では雑魚扱いされ値段が付かない魚(木箱一箱数百円)も都市部に売りにいけば「高値が付く。」と売りにいっている方も青森ではいらっしゃいます。
自分が選んで青森県外の飲食店の方や料理が趣味のお客様に食材を送ったりすると「こんないい魚は手に入らないです。」とよく言われ、時には「身は刺身にして、頭は酒蒸しして、骨は煎餅にして・・・・。」と言われ「青森では面倒でその位の魚なら頭も骨も料理しないし、捨ててしまうでしょうね~。」というと「青森は沢山有るからですよ。こちらは無いからそういうところも料理します。」と言われたりする事もあります。
スタッフを東京や大阪の料理屋さんに連れて行ったときなども、「いいかい、料理よりも違うところを見なさい。違うところを勉強して仕事に生かしてちょうだい。」と言っても、料理を期待しているらしく、食べてる最中は隣で自分が二十代前半にそうだった様に、眉間に皺寄せながらムスムスと食べていて、食後店を出てから「何で鯛の骨が出てくるの?(コースの中ほどで焼いた鯛の骨だけが出て来たので)あれは青森では犬猫が食べるもの(人はど真ん中ばかり食べるので)美味しいのは分るけどお金出してお店で食べるものじゃない!」とか、いきなり最後の最後のデザートを見て笑顔になったかと思うと、食べ物じゃなくガラスの器が「すばらしい!」と今の今まで料理を一つも褒めてないのに騒ぎ出したり。またとあるところでは疑問・自問自答しながらコースを食べていて、最後の食事の天丼の天麩羅の下のご飯を指差して「これ、美味しい。どこの米か聞いて・・・。」と自分を攻め立て、「今の今まで眉間に皺寄せながら食べてて、料理のこと聞かないで米の事だけ聞くの?お店の板前さん達は食べてる姿見てるんだよ。」と言っても自分を追い詰めたり、またまたとあるところではいつものように頭をかしげながら食べていて目の前の板前さんが手にしている鉛筆ほどの緑色の食材を目にしたところ「あっ。やった。知ってる食材だ。(あれなら期待できる)ミズ(山菜)じゃないの?ミズ?聞いて見て?」とまた自分に肘打ちすると板前さんがにっこり笑って「蕗です。」と説明してくれると自分が「メインです。」と豚肉を出された時と同じくスタッフは時が止まったらしく「そんな細い蕗青森では誰も食べない!(山蕗の時期には大人の親指より太いシャキシャキと瑞々しい香り高い蕗を食べているから)」と感じながら出された鯛の御頭と一緒に煮付けた蕗を食べてみると、ボクボクと歯ざわりが悪く蕗の味も香りも無い。隣では説明してくれた板前さんに悪かったらしく下を向いてしまったりなど、後から「何であれで何万円もするの?」と度々聞かれましたが、それが青森の一般的な感覚なんでしょう。
{陸奥湾特産トゲクリガニ。身・ミソ・卵・産卵時期だけ見られる甲羅に張り付いた脂肪と四つの味を楽しめる蟹界の横綱。}
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お店で聞いていると青森のお客様からも随分ひどい話を度々伺います。
「むつ市(津軽海峡に程近いところ)に住んでいた頃、鮑をよく貰うんだけど、貰いすぎて食べ飽きて、鮑の出汁だけ取って汁物にして身は捨てちゃった。」下北の人ならやりそうなお話です。
「家では鮑のカレー。だって肉が買えないんだもん。(漁師だから鮑はタダ)それが一番安上がりで手っ取り早いでしょ。」沿岸部の方々からはよく活烏賊や鮑を入れた魚介カレーの話は耳にします。それが一番安いからでしょう。
「下北の漁師の家に冬行けば、軒下に生のまま水蛸(大人の腕ほどもある)干しといて、それが凍ったところ(パーシャル状になっている)を輪切りにしてストーブ(達磨ストーブ)の上に乗っけで焼いて酒のつまみにする。」青森では冬の水蛸は何十キロにもなり一本の足が大人の腕ほどある蛸が水揚げされることが度々あります。この手の話もよく男性方から聞きます。
「冬の水蛸ありますよね。(これも大人の腕ほどの水蛸)軒に干しているの。あれを2~3cm位に厚切りにして、フライパンでオリーブオイルで焼いて塩コショウしてフォークとナイフで蛸ステーキにして食べるんですよ。」下北の女性から新たな水蛸の食べ方も聞けました。イメージとしてはハンバーガーくらいの直径の蛸の輪切りです。そのステーキって美味しいだろうし、冷えた白ワインが欲しいな~。
「実家が漁師なんですが、トゲクリガ二(陸奥湾特産のカニ類で一番美味しい蟹)のソフトシェルクラブ(脱皮したてで殻も身も柔らかい蟹)がたまに数ある中には獲れるんですよ。それをそのまま殻ごと唐揚げにして食べると美味しいですよ。」津軽半島の陸奥湾側の方から聞いたお話ですが、トゲクリガニのソフトシェルなんて聞いたことも見たことも自分は無いですが、美味しいと確信出来ます。市場にそんなの売ってません。
「家の塩ウニは明礬も使って無いし、紅白の無添加塩ウニなんですよ。」と太平洋側のお客様からお土産でいただくと、ムラサキウニとバフンウニが綺麗にマーブル状に牛乳瓶に入っていて、食べてみると塩ウニと言うより生に近い。柔らかく甘く、濃厚で繊細で美味しい。一般的な塩ウニの苦味やえぐ味がまったく無いし、紅白の塩ウニなんて見たこともなかったです。
「烏賊って、鳴ぐんだよ。ギイー、ギイーって。東京で寿司食った時、びっくりしたじゃ。烏賊白いんだもん。今まで活きだ烏賊しか食べたことねぇ~(無い)から・・・。家にいれば生ぎだの売りに来るんだもん。叩げばギイーギイーって黒光りした烏賊ばさ・・・。」津軽半島の漁村のかたのお話ですが、青森では大抵烏賊は半透明なもの。活きた状態のものは内臓が見える透明。その烏賊を触ると威嚇して墨を吐いたり、半透明から黒や赤や発色したような色に様々変化します。漁村の方々はそれを朝から刺身にしたり、焼いたり煮たり、包丁で叩いてミンチにして揚げたりします。決して鮮度が落ちたから焼くとか揚げるということは無く、毎日売りに来る漁師がいるので必要な分だけしか買わず、活きた烏賊を色々料理するものです。
自分自身も漁師宅や農家宅(半農半漁もあり)に伺う機会がありますが、その食生活は都会の方々から見れば贅沢なものでしょう。
何皿もの大皿が所狭しと並べられ、一皿にカレイの塩焼きや煮つけがドンドンドンと何枚も重ねられ、透明な烏賊刺しも丼に山盛り、天然平目や天然鯛の刺身も一緒盛でドンと盛られ、ホタテのフライは「落ちるんでないの。」という量、切っただけのたっぷりのトマトと胡瓜と身欠き鰊に味噌とマヨネーズが添えられ、蕗やワラビなどの山菜と魚介類をあわせたたっぷりの煮しめ、季節の漬物数種類などなど平均十皿は出されるでしょうか?それを各々自分で取り分けて食べるので、小皿料理はありません。それが農家・漁業家では普通の事です。その様な育ちの方々はお腹一杯で食べなくても、食事の席やお酒の席には数々の料理が載った皿が並んでなければ機嫌が悪いものです。テーブル一杯料理が並んでなければ気がすまないものです。冷蔵庫に沢山食材が詰まっていなければ不安でしょうがないものです。
{津軽海峡天然水蛸。30㎏アップ。}
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ある農家に行ったときなど無農薬のブルーベリーが採り放題で、大人の親指の爪よりも大きい甘い採れたてのブルーベリーを丼一杯スプーンで掬いながら食べれて、毎年それを楽しみにしながらお邪魔します。でなければその農家の家人は食べないので小鳥の餌になるか、採っても畑の隅のごみ置き場に捨てられてしまいます。売れば何万円にもなるものを・・・。
そのブルーベリーのお宅で驚いたのは生の花豆を塩煮してあって、それを口にしたときの感動は忘れる事は出来ないでしょう。普通花豆は乾燥したものが売ってあります。我々板前は、それを一日水を吸わせ、何度か灰汁抜きし、コトコトゆっくり気長に甘く煮付けます。花豆の美味しさに感化され、自分でも挑戦しようと、自分の家に植えたことがありますが、平均気温が低くないと成りが悪い事と、4月後半に植えても11月後半でなければ収穫できず、胡瓜やトマトの蔓に花豆の蔓が絡まり、畑を占領している期間も長く効率性が悪く「とても片手までは出来る代物では無い。」と断念したものでもありました。その花豆を乾燥させず生の採れたての柔らかいものをそこの農家のおばあちゃんが、ちょっと砂糖を効かせて塩煮してあり、食べてみるとまったく皮を感じず、身と皮が渾然一体となりサワサワサワ~と口に溶けていくのです。粒アンを食べると小豆の皮が歯に当る感触が有りますがそういうものが、まったくなく、皮付きの豆を食べているのに漉し餡を食べているかのような感覚に囚われました。「すっ、すっ、すごい!この花豆!」とその美味しさと歯ざわりに声が出てしまいました。こんなもの豆好きの自分でさえ出合った事が無い。肉も魚も生ものも飽きて乾物に興味が行き、豆で色々遊んでいても生の花豆なんて見たこともありませんでした。自分が驚いているその脇で一歳にもならない歯も大して無い赤ちゃんがむしゃむしゃとその花豆を頬張っている姿を見て、作り手のおばあちゃんにひれ伏してしまいました。「脱帽し、ひざまずいて、ひれ伏して飲むべし。」とやらワインのお話でありましたが、その境地が分るような気がいたしました。
{藤崎産ホワイトアスパラと三沢産ホッキ貝のバター醤油炒め。}
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自分が耳にしたり、農家魚業家で体験する事は、お金を出しても体験出来ない事ばかりです。勿論市場にその様な食材は登場する事も飲食店で食べる事も出来ません。
「売ってください。」と頼んでも食べる事は出来ないでしょう。その多くは自家用消費で売り物ではないからです。食べたかったらそこに何度もお邪魔して、昼下がりに一緒に漬物をお茶請けにしながらおしゃべりしたり、夜は一緒にお酒を飲むしかないのでしょう。そして、その多くの農家漁業家は外食するという習慣が一切なく、三食自宅。冠婚葬祭ぐらいでしか外で食べる事はほとんどなく、自分たちの食生活を‘普通’と思っています。何一つ自分たちが贅沢な食事をしているとは思っていません。テレビの芸能人が「美味しい!美味しい!」と連呼している世界観の方が贅沢と思っているでしょう。
飲食店では思いつかないような調理法や食材の組み合わせも目にする事が出来ます。料理人は頭が固まってしまって、なかなか新しいアイディアは生み出せません。「この食材とこの食材を組み合わせれば相性がいい。」と親方々から教えられるし、料理本にもそう示されてしまっているからです。筍とワカメ、鯛と蕪、鴨と葱、棒だらと里芋などなどそれはそれでそれ以上の組み合わせは無いし、その美味しさなら多くのお客様の支持も受けられます。それだけに幅が狭いかもしれません。
田舎料理や郷土料理にはまだまだ自分を楽しませてくれることも多そうです。
それからもう一つ、青森と都会の食生活の違いで気付く事は、定食屋さんにお邪魔した時など東京では、例えばトンカツ屋さんなどは、お皿の上はキャベツとカツだけ。それにご飯と味噌汁。付いても漬物少しだけ。青森ではこれは考えられないことでしょう。
~~定食。青森ではメインは勿論、それにポテトサラダにレタス少々トマト一切れ、その時の都合で和え物や炒めのなどの小鉢が一品か二品に漬物、たっぷりのご飯(東京の2~3倍)に味噌汁が付きます。
ひどい時などある町で野菜炒め定食を頼んだら、たっぷりの野菜炒めにたっぷりのご飯に味噌汁、その他小鉢一つにツブの煮付け二つと剥きたての活のホタテ刺しが付いて出てきたことがありました。「これって本当に野菜炒め定食?」と疑いたくなります。それで750円です。青森ではこういう事が多々あります。青森市内より市外に出て町や村で食事をするとそれに出会う確率が上がります。東京ではありえないことでしょう。
お蕎麦屋さんでも東京では狭苦しい中相席で(青森の人は相席はしません。待つ文化はありません。空いてなければ別な店に行きます。一人で四人掛けテーブルも座るし許されます。)お蕎麦を啜ったり、昼のお酒のつまみに‘いもかけ’や‘板わさ’を頼んだりする姿を拝見します。最初は「何のことだろう?」と不思議に思っていましたが、隣近所の席のおじ様方が「おばちゃん、いもわさとお酒。」「お酒と板わさ。」と次々注文してくれたので、「何が出てくるのだろうな~?」と楽しみにしていたら、小鉢にちょこっと大和芋かイチョウ芋を摺ったのにすり山葵だけ。それに醤油掛けて。と、小さな板に一cm位の蒲鉾二切れとすり山葵。どちらもその界隈のお蕎麦屋さんでは600~700円。「えええ~~。青森では百円しないだろうな~~~。」という世界観も楽しませていただきました。
この頃は青森も都市化してきたのか、「気持ちさみしいな~。」という定食も見かけたり、コース料理のお皿の上は肉だけ、魚だけ。付け合せはなし。という料理も見かけるようになりました。「シンプルでいいんだけど、東京料理だな~。最近の料理本見過ぎかな~?青森でもこの料理で大丈夫かな~?」と感じる事も増えましたが、それでもまだまだ青森のご年配の方々農家漁業家は贅沢なものでしょう。
平均的に青森の方々は贅沢な食生活・豊かな自然環境・多様な温泉やのんびりした環境に恵まれているものです。
それだけに競争原理が働かず「もったいない~。高く売れるだろうな~。」と度々思いますがそこがまた青森のいいところですね。
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{今年は少し遅れるかもしれません。横浜町菜の花畑。}

ヤフーブログ‘食の桃源郷 青森’もご覧下さい。
ライブドアーブログ‘世界に誇れる青森の郷土料理’もご覧下さい。
by tk-mirai | 2012-04-26 20:40 | Comments(0)

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