カニクリームコロッケ

{世界有数のスキー場八甲田の山頂から}
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街の至る所に小さな飲食店が溢れている街並みは、とても心地よく、楽しみも多く、毎日の生活でも、たまの贅沢の外食でも、人生の楽しさや娯楽を味わう事が出来、大変喜ばしい事だと思います。
多くの街が、コンビニやチェーン店で占領されていき、どこの町にお邪魔しても同じような街並みで、「面白くも何とも無い。」と感じている方は、沢山いらっしゃると思います。
何よりも食べる事が好きで、お料理を職業としている自分であります。機会や暇を見つけては、興味のそそるお店にお邪魔することが多々あります。
今では、外食しようが、自分で「ここ一番」のお料理を作って食べても、美味しさのあまり、感動したり、驚いたりする事も、ほとんどなくなってしまいました。
ある程度、美味しいと言われるものは、飽きるまで食べて、経験してしまったからなのでしょうか?
食べた事のない食材に出会うことも殆ど無いし、知らない料理も今はあまり無いからかも知れません。
普段から、自然環境に恵まれ、食材に恵まれ、毎度毎度のご飯で、他の土地では考えられないくらいのレベルの高い食材を口にしている事も、一つの要因かもしれません。
二十歳前後の頃は、今の若い方々と同じように、テレビや料理雑誌に洗脳され、東京や関西の大きな都市のお料理が美味しいものと考えていたものでした。
ところが、名だたる割烹屋さん、料亭、レストラン、中華やイタリアンなどにお邪魔してきたものですが、その当時の感覚は今はまったく無くなってしまいましたね。
その土地その土地の美味しさはあるもので、それはとても美味しいものですが、毎度毎度のご飯のレベルが、普段から食べているものが、青森市民は圧倒している事を今は感じるものです。あまりにも青森の皆さんは食べ物に恵まれすぎなのでしょう。贅沢が普通なのでしょう。
それでも、事有るごとに、何かにとイベントや理由を作り(誰かの誕生日を祝ったり、天気がいいことを祝ったり、関東にお住まいのお客様に会いに行ったり、勉強の一つ、仕事の一環などなど)、飲食店にはお邪魔させていただいております。
{今の時期一番美味しい横浜町の有機のほうれん草と津軽海峡の水子蛸のさっと煮}
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今では、お店の建て構えや、雑誌に載っているお料理の写真を見れば味は想像出来るものです。テレビで、高名な板前さんが料理をしていて、使用しているお鍋や調理器具を拝見すれば、そのお店がどの程度かも分るものです。
建て構えが立派なお店には、商売の仕方・接客の妙・仕事に対する姿勢・プレゼンテーション・店主の哲学を勉強する以外は、あまりお邪魔しなくなりました。
飲食店には、今までは三通りありました。
1、建て構えが立派だが、料理やお酒は低レベルの物しか置いてない。
2、建て構えは普通、食べ物もたいしたこと無いが、お酒がすごく充実している。
3、建て構えもお酒も普通だが、料理がすこぶるいい。
1は、商売に走り、見た目や、プレゼンテーション、雰囲気で、お客さんを持成している。
2は、プレゼンテーションも料理も自信がないので、お酒でお客さんを持成している。
3は、職人気質で、料理だけで、お客さんを持成している。
この三つの中で、一番需要もあり、商売上収益があるのはどれだと思われますか?
答えは1ですね。そして、一番経営が苦しいのは3であります。
景気のいい時は、このうち一つだけでも、飲食店は存続できたものですが、今では、このうち、二つを兼ね備えていなければ、お店は続けてはいけません。
この三つ共を兼ね備えているのが、料亭やレストランになりますが、お値段の関係上、そんなに気軽に利用できるわけではないですね。
{朝一番。線路の雪かき}
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今は何を食べても感動は、薄くなってしまい、この職業でいることを不幸と思うことも無いわけではないですが、幼少の頃は、たまに、母親・兄・姉と町場の小さな洋食レストランや中華レストランに外食したものでした。
そこで食事後に食べる、高台の銀食器にちょこんと丸く盛られ、天辺に缶詰のさくらんぼが飾られたバニラアイスが、何よりもご馳走で、その当時の外食の一番の楽しみは最後のデザートでした。
今の外食の楽しみは、人生の中で二度と来ないこの時間をこの飲食店で、気兼ねない仲間や家族、お客さまや同業者の方々と過ごさせていただける空間に外食の楽しみを感じます。
自分で飲食店をしているからなのか、多分人一倍飲食店に対する執着心が強く、道を歩いていて、「おっ、ここにお店が出来たんだ。」「あれっ、ここにカレー屋さんがあったはずなのに、駐車場に・・・。」「へ~、このお店移転したんだ。」「えっ、ここ閉めちゃったの。」「あれ、ここのお店、ラーメン屋さんはラーメン屋さんだけど、看板が変わったんだ~。」「すげ~、このお店改装するのか~。」などなど、飲食店は人生に喜怒哀楽を提供してくれます。
自分が、好んで頻繁に訪れたお店が、暫くご無沙汰して、お店の前に来てみて、看板が無かったり、食事後帰り際に、マスターに、「今月で、閉めるんですよ。」「あそこの店も来月で閉めるらしいですよ。」などと耳にすると、ナイーブな自分は、心を痛めるものです。「明日はわが身」と悩むものですね。何とか、出来るだけ多くの個人店が(自分も含めて)、お店を長く続けていただきたいと願って止みません。
{奥津軽‘黒いダイヤ’と言われる十三湖のシジミ貝}
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「今日のお昼は(夜は)、何を食べよう?」と考えながら、車を走らせていると、「あれ、見たこと有る看板だ。子供の頃に家族でよく行ったお店だ。ここに移転してたのか~。よし、今日の昼はこれだな!」と昔を懐かしみ、意気揚々とお店に入ると、自分が記憶していた、コックさんやホールのママさんが、あの頃の張りも無くなり、七十間際かそれ以上の侘しくなって、みすぼらしい姿に、何か心を締め付けられるものです。一抹の不安を感じながらも昔を惜しみ、期待をして、あの頃食べた同じメニュー、カニクリームコロッケを頼み、料理が出てくるまでの哀愁の時間が流れ、料理が出て来ると、「確かにこんな感じだったけど、なんか違うな?」と、ひとくち口にすると、「んん~。腐ってる・・・・・。」・・・・・・・・・。何も言えません。少し眺めてから、食べれそうなものだけは口にし、お勘定を払いお店を出てくる・・・・・。何も言えませんね。
若い夫婦がやっている。まだ開店間もない。まだこれから何年も出来る。などと言う時は、「これおかしいですよ。」と一言言えるものです。そしてまた、来たいから言うべきものです。一回きりのお店にはクレームを付けたり、余計なアドバイスはするべきではありません。それは無責任・不道徳な行為です。何度と無く訪れたり、これからも長く付き合いたいお店には、正々堂々とクレームを付けてもいいと思います。
けれども、「もうこれから先、長くは無いだろう。」「言ったとしても、気力が付いていかないだろう。」と感じる時は、そっとしておくのが、義理人情だと思います。クレームを付けたとしても、責任は取れないのです。そのお店の方々の生活を保障は出来ないのです。
建て構えだけが立派で、美味しくないお店を数多く経験している方なら、通りすがりで、「ここのお店は何年やっているのかな?」と古びた、何かを醸し出してるお店に入った経験、入ってみたい経験をお持ちでしょう。
結構失敗するのです。「入らなければ良かった。」と思うのです。けれども入らなければ、後悔のほうが大きいのですね。
そんな時大抵失敗するのは、お婆ちゃん一人きり、もしくは老夫婦だけのお店です。
応援したいと思っていても、お金を出して、腐ったものを我慢しては食べれないものです。
その様な時の対処方法は、今の自分にはまだ見つけられません。
成功する時は、建物が古びていても、掃除がされている、ホールに若い女の子が接客している、老夫婦に紛れ跡取りらしい若者がいる、お店の前にそこそこ車が並んでいると言った場合でしょう。
何度と無く失敗しても、またまたその様なお店にお邪魔するのは、食欲の探究心でしょう。
けれども、失敗したときは、心も重く、自分もモチベーション高く、向上心をもって、料理を作り続けていける年齢は、いつまでなのだろうと考えるものですね。
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{そろそろ終盤。子持ちのヤリイカの煮付け。}
by tk-mirai | 2009-03-26 15:59 | Comments(0)

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