けのしる

{津軽のご馳走‘けの汁’}
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けのしる。‘粥の汁’と書きます。
青森には数え切れないほどの郷土料理が存在いたします。しかも手間が掛かる料理が実に多い。
ず~っと昔から家庭の中で伝承されている料理もあれば、今は滅多にお目に掛かる事のないお料理もございます。
料理を仕事として十年以上経過しますが、その間、料亭から居酒屋、定食屋、結婚式場、ダイニングバー、河豚屋などなど十件ほど修行をさせていただきました。
どこで働いても基本的には関東・関西のお仕事が土台にあり、自分自身も日本料理というものはそういうものであると、若かれし頃は認識していました。
見た目はきれい、技術的にもすばらしい。けれども自分自身、親方々の指示に従い、お料理という瞬間芸術を作ってきましたが、修行時代はず~っと心の中には疑問がありました。
「これって、おいしいの?」
商品として、お料理として、板前としてはこれでいいのかもしれない。でも食べてはどうだろう?
いつもお料理を作りながら感じてきた事は、「かっちゃ(母親)のまま(ご飯)、とっちゃ(親父)の山菜料理のほうが食っては美味い。」ということである。
自分自身に疑問を抱えながらお料理を作ってきたのは間違いない。しかし、封建的な伝統社会の板前の修業時代である。指示通り働かなくてはいけない。間違っても親方衆の作ったものに疑問の声も表情も出してはいけない。板前修業もそのほかの仕事も我慢と努力が不可欠。我慢する事が一番の修行だと思います。
自分で独立したときは自分自身がうまいというものを作ろう、疑問を抱えず、自分にうそをつかずに料理を作ろうと考えながら働いてきた。青森の食材だけで仕事をしよう。
日本料理=京料理ではない。京料理は京都の郷土料理。都文化の中で作り出された芸術の一つで有る。日本料理とは日本各地でその土地で古くから食されてきた当たり前の料理であります。一般的に‘郷土料理’といわれるものは発想や組み合わせがすばらしくても、そこに技術と知識が足りなく、未完成なものが多いように思う。滅んだものも数知れず。今各地で伝統料理の衰退が進んでいることは非常に残念です。
そこに板前さんの豊かな経験と知識と技術が融合すればすばらしいお料理になるだろうと思います。郷土料理は今こそ見直しと仕立直しが必要であります。そうすれば普段の数倍~数十倍の力を発揮する可能性があることでしょう。けれども普段から当たり前のものはなかなか評価の対象とはならない。そして世の中には足元のものよりテレビの中に心を奪われ、批判はしても評価を出来ない方々が実に多いのも現実である。
津軽の代表的なお料理の一つに‘けの汁’というお料理があります。
諸説は複数有、真実はかくれんぼしてはいるが、一つは参勤交代。
けの汁は正月明けの食べ物である。
津軽のお殿様が江戸へ参勤交代へ出向いたとき、お江戸では年明けに七草粥なるものを食すものである。ということを実体験し、早速津軽に帰り、小正月に七草を食べることにしたのだが、12月~3月までは雪に閉ざされる津軽である。七草の葉物などあるはずなど無い。そこで考えたのが根菜を使って七草粥もどき。けの汁の誕生である。野菜類に関しては津軽にあるのは雪ノ下に保存している根菜類と春から秋にかけて山々で採って来た山菜類の塩漬けだけである。
それらを利用して、家庭によってまちまちだが大根、にんじん、ごぼう、こんにゃく、蕗、ぜんまい、わらびなど他には油揚げや凍み豆腐、大豆や小豆などの豆類を入れる家庭も有る。
この多種多様の食材を細かく賽の目に切り、濃い目の鰯の焼干しと昆布で出汁をとり具材を煮込み、味噌味で濃い目に味を付け、いったん冷まし味を染み込ませてから、2~3日かけて、食べる分だけ薄めて食べるのであります。
体は根菜のエネルギーにより芯から温まり、けの汁を食べるとしみじみと津軽は冬だな~と思うものであります。
そのほかの説では斗南(となみ)藩から伝わったという説も有る。似た料理があると御客様から聞いた覚えがある。会津(あいず)藩の落ち武者伝説や、三沢には斗南藩士による日本で初の近代洋式牧場なども有。むつ市には斗南藩のお墓も有る。八戸から下北にかけての南部藩では会津斗南藩の話は多い。けれども南部藩にはけの汁文化はない。
自分の親父にこの話をすると「‘け’という言葉は日本語で最上級の言葉。ケの日、ハレの日などと使われる。しかも日本語の原点だと言われる津軽弁では‘け’の言葉は12個も存在する。そんな、たかが200、300年前の話で我々の祖先は何千年何万年前からここに住み、ここで生活する暮らしの知恵から成るべくして作り上げたもので、昔から食べている。」と講釈をたれた。
嘘か本当なのかはわからないが津軽の人々は研究した上での自論が多いものである。
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{青森市内:降り始めの雪景色}
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Commented by マーチ at 2013-11-27 19:30 x
褻(け)とは、晴れと、対の反対語。
日常的である事です。
お正月(晴れ)が、終わり褻になった、日常生活に戻った事を表す印の、料理かもしれません。
青森言葉は、わかりませんが。
Commented by tk-mirai at 2013-11-28 23:01
マーチさん今晩は。
憶測ですが、日常を一番大事にしたのではないかと思われます。それで‘け’が最上なのかもしれません。津軽弁に‘け’を使った言葉が多いのは確かです。今でも常用されています。
けの汁は昔は1月15日に作るという話も聞いたことがあります。それがしだいに7日になったりしたらしく、今は正月か年末に作られることが多いです。正月の過ごし方が変化してきたことと、人が集まるという年中行事が廃れた為、時期が変化したのかもしれません。ただ各家庭・地域で具材が少しずつ違う事と、場所によっては具材の切り方も違うのを目の当たりにすると、味加減は同じでも同じ料理には見えず、薀蓄を超えた何かが存在すると感じます。何といっても関東関西料理と違って文献がないのが津軽の郷土料理の魅力です。
とても魅力的なご意見ありがとうございます。
これからも答えの無い存在しない何世代にもわたって伝承されている青森の料理を探求していこうと考えております。
by tk-mirai | 2007-12-18 14:32 | Comments(2)

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