打率


{青森の風物詩。ねぶた祭りあと運行団体でのご苦労さん会。}
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この世に百戦百勝の将はおらず、十割バッターも存在しません。
球界では三割打てれば名選手になり、四割打てれば天才と呼ばれるでしょう。三割以上を十年続ければ偉大な選手と称えられ、その選手は二十年後には伝説のプレイヤーとして名を残します。六割から七割打取られていても賞賛されます。
飲食店の世界にも名店や伝説の職人といわれる店や人がいるらしいですが、そのお店も職人さんもお客様百人中百人が美味しいと口を揃える事はないでしょう。出てくる料理すべてがすべての人に高評価となる事は難しいでしょう。
料理と打率を並べるのも少し乱暴なところもあるかもしれません。料理に点数をつけたり、味覚を数字で表すのも無理があるでしょう。
けれども、飲食店経営は結果的に売り上げなどが数字として出てきます。オーナーシェフの方々はそれが自分の点数だと感じるものと思います。
自分もお店を向上させるために、打率を上げるために、営業方針・店の方向性などなど思いやアイディアをめぐらせるものです。
「こうしてみようかな?」「こうすればどうだろう?」などと発案をするのですが、10個考えたうち実際に採用するのは2~3個。その2~3個を10個集めて「まあまあいいかも?」とか「成功したかな?」と感じるのはそのうち3~4個です。3割バッターというところでしょうか・・・・・。
{年々卸す機会が少なくなる小川原湖産天然うなぎ。}
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そんな事を認識し始めたとき、「経営も3割だよ。4割いけば上々。その中にホームランがあれば売り上げも上がるよ。」とお客様から教えていただき、落ち着いて考えれるようになったものです。
いつまでも右肩上がりという事はなく、勝ち続けることも負け続けることもないでしょう。いい時もあれば悪い時もありその繰り返しのようです。
勿論、それは向上心・探究心・決断力・実行力があってはじめてそのようになるのであって、安定した生活を求めたり黙って何もしないで人任せにしたり「不景気だから・・・。」と環境のせいにしていては右肩下がりばかりです。
いい仕事をしよう。納得した仕事をしよう。と思えば向上していくしかありません。保守的になると終わってしまいます。その為にはリスクを恐れず、失敗をためらわず前進するだけです。前進の中には多くの失敗を経験するのですが、失敗はいい事で失敗が成功や次の一手を教えてくれるものです。
経験を重ねるほど、失敗をプラス要素に捉えられ、失敗がある種の道筋を示してくれるということを認識できます。
経験不足の頃は失敗が悪で自分を許せず恐れもありましたが、失うものが多いほど得るものが多いということを肌身で感じると「これからどうなるか分からない!」と感じていてもあえてリスクを選ぶようになります。
社会で「成功してる。」と思われている人の多くは、多くのリスクを背負って多くの挑戦をして多くの失敗をして、3~4割の成功の数が人並みはずれているという事と感じます。
{今年は春が低温続きのため、旬が夏に来た津軽海峡産天然活締め平目2,1キロ、真鯛2キロ。}
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ところが料理になると別な話になってしまいます。
料理屋は十皿料理を勧めて四皿美味しいでは商いにはなりません。六皿でも駄目でしょう。
六皿から七皿不味ければ、近所でもネット上でも酷評だらけでしょう。
七皿美味しくて三皿は普通。というお客様の評価で何とかやっていけるのではないか?と感じます。それに甘んじる訳ではないですが・・・・。
理想的には十皿すべてを満足していただければいいのですが、料理人の方が十皿「いい仕事をした。」と感じていてもお客様がその様な評価をするとは限りません。
出来るだけ理想に近づけるために、どんな料理がいいのだろう?何の食材がいいのだろう?組み合わせは?味付けは?お酒との相性は?飾りは?プレゼンは?誰が食べるのか?誰と食べるのか?どんな状況で食べるのか?などなど料理を美味しく提供するためにはたくさんの難関があるものです。
色々な食材の組み合わせや「今までないだろう。」「その食材は普段はそんな料理にはしないだろう?」と定石を外した調理を考えたり実際に作ってみるものです。ところが料理古書を見てみると大抵昔の職人さんが実験済みだったり食材が若干異なるだけで、もう既に存在した料理だったりするものです。
それでも「こうしてみよう。ああしてみよう。」という探究心は必要です。同じ料理を作っていても工程や包丁の入れ方や下処理・加熱処理を変えてみるものです。教科書通り教え通りでは衰退するだけです。完成された料理と感じていても分解・再構築をするものです。
{夏のデザートに、七戸産大粒のブルベリーに岩木山無農薬栽培在来品種の花嫁小豆掛け。}
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経験を重ねるうちに料理は打率が上がるような気がします。やっていいことと悪いことが体が覚えるからでしょう。
「この食材はこの調理法が・・・。」「この食材はこの味付けが・・・。」「この食材の相性は・・・。」「この料理にに適した温度は・・・。」などなど飽きるほど繰り返し経験した年の功があるからでしょうか?
何となくですが、個々の食材との付き合いも長くなり、ある程度その特徴・癖・持ち味などの性質も理解出来るようになってくるものです。そうなると個々のその食材が可能な許容範囲なども見えてきて「ここまではこの食材は変化させてもいいけど、それ以上は持ち味を無くする。」「この食材はこの調理法でこの火の入れ方でこの味付けが一番美味しく食べれる。」「この食材の一番美味しい期間はこの時期しかない。」などなど、食材・料理などの理解度・技術力が上がれば余計なことや実験をしなくてもいいようになっていく為、作る料理の美味しさ・安定感などが向上し打率が上がっていくものと感じます。
そのことが理解出来ないうちは、真冬に冷やし中華や西瓜料理、真夏に鍋焼きうどんや雑煮などの料理を考えるようなことをしてしまうものです。余計な思考や実験をやってしまうものでしょう。
実験後は「無駄だった。失敗だった・・・。」と感じるのですが、それが時間が経つと無駄や失敗が良いことだったと認識出来、同じ過ちは繰り返さないように自分を諌める度量も身に付くと思われます。
その頃には、作業も手順も食材の扱いなどの仕込み方・仕事の仕方・考え方・取り組み方・思考なども落ち着き、自然と料理も洗練され穏やかな料理を作るようになるでしょう。
料理人がその段階まで進んだとしても食べ手があって始めて料理は完成され旨い不味いが評価され打率が出てくるのですが、落ち着いた料理は人生の達人の落ち着いた人が食べるのが好ましいし、生き方が派手な方は飾りたっぷりの華やかな料理を食べるべきですし、精神的にも肉体的にも旺盛な方は中身や質よりも味付けが濃い脂肪分が豊富な料理を召し上がるのが高打率を生むことになるでしょう。
知れば知るほど、料理の理解度が深まれば深まるほど、食材の旬を知り持ち味を知り、余計な飾りを排しシンプルな調理法でシンプルな味付けで素直な料理を作るようになれば、打率よりも自分の満足度を優先し、数字はあまり気にしなくなってしまうものです。
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{奥津軽唐川城跡から十三湖や日本海、白神山地・岩木山を望む。}

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by tk-mirai | 2017-08-12 19:02 | Comments(0)

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