スピード

{七戸町天王寺つつじ。}
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料理屋を商っていて、かれこれ十数年になるものですが、ここ十年の時代の流れは身に染みて速いように感じます。
その流れは、平成という元号がスタートしてから徐々に始まり、ソ連崩壊・ベルリンの壁崩壊など東側と呼ばれる国々からどっと人が流れ出て、資本主義の国々の競争率が3倍から5倍程になり、追い討ちをかけるようにインターネットの普及が輪をかけるように競争率を押し上げたのが一つの要因と思われます。
昭和の頃は、一ついい製品を開発したらそれ一つで10年くらいは食べていけたようですが、平成になってからは一ついいものをこしらえても一年食べていければいい方でしょう。
平成の一年は昭和の十年分に値すると言われるほどすべてのジャンルが開発・価格などに経営スピードを要求されているようです。
「三年経営できれば五年出来るし、五年出来れば十年経営は出来るでしょう。」何て通用したのは昭和の話で、今は一年一年が状況が変わり、「前年比・・・。」とか「去年はこうだったから・・・・。」というデーターは関係ない常態です。料理屋では「何代目さん」とか「初代」とかは関係なくなって、暖簾ブランドも重要視されなくなっている感じです。
料理屋も時代のスピード感とともに余裕もなくなって、社会変化・価値観の変動・経済の流れなどによくよくもてあそばれ衰退の一途を辿っていると感じます。
スピード感がとても重要視され、「早い」が当たり前になってしまいました。
それでも「飯食うときくらいは、のんびりゆっくりでいいんじゃないかな・・・。」と個人的には思うのですがそうでもないのでしょうか?
デフレの後押しもあり、チェーン店フランチャイズ店などのファーストフードのグローバル化、スーパー・コンビニの弁当・惣菜類の充実振り盛況振りを見ていると「飯は作らないし金も時間もかけない。」というのが現代の食事の常識のような気がします。核家族化・共働き・一人親・低賃金の流れが背景にあるものでしょう。何かといえば「時間がない。」「お金がない。」という会話で解決されているような気がいたします。
{日本海側深浦産天然神経締め鰆9.1キロ。}
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恐縮ながら「早いにこした事はないけど、早くなくてもいいものも沢山あるんじゃない?」というのが自論です。
家族や恋愛の時間、旅の時間や景色を眺める時間。食事をする時間や気の合う仲間と酒を酌み交わす時間。などなど趣味なんかを考慮すればのんびりゆっくりという時間の使い方の方が、人生には重要だと思います。
仕事が経済が社会がそれを許してくれないんでしょうか?
「何でもっと落ち着いて過ごせないのかな?」と30過ぎの頃は考えたものでした。
料理屋の仕事というのは営業時間以上に仕込み時間が掛かり、営業時間前・お客様の予約時間前に下拵え・段取りを組んでそれらを終わらせておかないと、お客様の来店時にお料理をスムーズにお出しすることが出来ないものです。お客様のご来店前もスピードが要求されますし、ご来店されてからもスピードが要求され、毎日が締切日のようで何とか時間内に終わらせないといけないというのが料理屋の商いです。
自分は20代始めはスピードを重視して料理を作っていました。その頃はレシピがあるのだからそれに沿って「早く料理が出来る事。」が重要と考えていたものです。年数を重ねるうち「早く正確に料理が出来る事。」と感覚は変化していきました。
自分で店を始めてからは、質を重視したいと考え「自分が美味しいと思うものを作ろう。」と考えながら「早く正確に質を良く。」と料理を作っていたものです。が、20代前半で身に付いたスピード感はそのままだったものです。
自分は毎日仕切りも何もないカウンター内で料理を作り、料理している姿をすべてお客様に見つめられ、料理が出来ると今度は反対にお客様が料理を食べる姿を見る立場を続けるうちに、「お客様には美味しく楽しく時間を過ごしてもらえれば・・・。」と素直に感じるようになり「いい仕事がしたい。」という願望が強くなっていったものです。
特に30を過ぎた頃からその思いは強くなり、自分が納得した仕事・料理を作りたい。と正確さと質の向上を重点的に見据え自分の過去の仕事を始めから見直しをする事にしました。
正確さと質の向上を進めるうちに、スピードというものが「需要ではない。」と認識し始めたものです。そのうち少しずつ過去のレシピを無視し一から作り出すことを念頭に置くようになりました。
30中頃には「正確に質を良く納得した仕事を。」という風に、20代のスピード感を削る仕事に替わりました。
スピードを重要視すると正確さや質は向上していかないし、いい仕事も納得した結果もない。心の落ち着きもないし充実した時間の過ごし方もない。
「いい仕事がしたい。」「納得した仕事がしたい。」「完成度や満足度の高い料理を作りたい、。」「充実した時間を過ごしたい。」などと経験を積むうちに考えるようになって、スピードは重要ではなくなっていきました。
{陸奥湾産天然活締め鮟鱇の共合えと津軽平野産わさび菜磨き胡麻和え。}
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現代は何でも「早く」が強調されそれが売りにもなっていますが、質のいいものを作るには時間も予算も手間も掛かるものです。
質の向上と納得する仕事の為に、自分が過去にしてきた仕事・調理を個々に見直し、始めから終わりまでの過程を仕立て直すと、そのままでいいもの、削るべきもの、付け加えるものなどの作業の見直しは、想像以上に時間も予算も手間も掛かるものでした。
数百回、数千回やってきた作業、十年・二十年やって初めて気づく事など、スピードを削ぎ落とさなければ感じなかったことが沢山あったものです。
何となくやってきた作業や「これが当たり前。」と思って行ってきた仕事、疑問を感じずに繰り返してきた行動が、実は「間違いだった。」という気づきが幾つもありました。
その成果は、完成された料理の質と自分の納得感・充実感を少しずつ押し上げることになったと感じます。
時間も予算も手間も掛かった分、精神面の向上と良い方向性を探る機会が出来たように思われます。
その方向性が正しいのかどうかは五年十年しなければ答えは分かりませんが、確立の高い結果が出るかなと思います。
料理ははかない物で、作るのは時間が掛かれども食べるのは一瞬です。
昨今は加工製品・工業製品やテイクアウトで注文してもすぐお持ち帰りが出来てしまう出来合いの料理に慣れてしまって、料理は簡単に手早く出来る妄想が広がっているような感じです。テレビで数分で出来る料理番組も後押しているでしょうか?
いい製品には時間もお金も手間隙も掛かっている通り、いい料理も数分待って出来るようなものではありません。
「食べるために生きているのか?」「生きるために食べているのか?」そんな当たり前の答えも即答できない程、スピードに意識が黙殺されているようです。
空腹だけ満たせばいい。手早く安く終わればいい。という食事の仕方は人間らしさに欠けるような感じがいたします。
生きるために食べるなら、内容は重要ではないので餌を食べているようなものです。
食べるために生きるという認識が内容や時間の使い方・楽しみ方などを幅広く増長させます。
料理屋は食事を美味しく食べるだけの場所ではありません。大人の遊び場・社交場で時間を楽しむ場所でもあります。
お客様に美味しく楽しく満足度の高い時間を過ごして貰うためには、スピードはさほど重要ではないものです。
そのうち機械化がどんどん進み、人が働くなくてもいい時代がくれば、「何をして時間を過ごそう?」と余暇に悩む時代が来るとも言われています。その頃にはスピードよりどれだけ「ゆっくり。」かが重要視されるかもしれません。
そんな時代には人の食事はどう変化しているかを考えるのもスピードが邪魔になるものです。
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{時間とゆっくり楽しみたい日本ワイン入手困難筆頭角のボーペイサージュ。}

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by tk-mirai | 2017-05-15 20:29 | Comments(0)

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