料理書
{田舎館発掘の弥生時代の土器。現代にも通ずるデザイン。}

自分事で恐縮いたしますが、少しばかり歴史に興味があるようで、僅かながらの書物を紐解いたりしている事も時々あるものです。
過去があるからこそ今があるので、現代人は先人たちの礎の上に乗っかっていると言ってもいいでしょう。
個人差はあれ、いつ頃から歴史に興味を持つものでしょうか?
多くの方々は一番最初に歴史に触れる機会は、学校での社会の時間でしょうか?
自分が習った頃と今では色々な研究が進み、歴史観なども変わって来ているものでしょうが、自分の頃は日本の歴史を大まかに言うと、邪馬台国・卑弥呼から始まり、聖徳太子、大化の改新、平安、鎌倉、戦国、江戸・幕末と続くものでしょうか?
ところが大人になって、無い脳みそで少し考えてみると、教科書や歴史書で語られている事というものは随分狭く、極一部の事しか語られていないように思うものでした。
勿論、歴史資料が少なく、あるものから推測したり確定しなくては成らないし、まだまだ研究も中途段階で未発表ということもあるでしょう。
それでも、教科書や歴史書で示されている事といえば、太平洋ベルト地帯を中心としたわずかな地域ばかりで、そのほかの地域はあまり語られる事は無いようであります。
日本って、そのほかの地域は無いのでしょうか?そのほかの地域には人は住んでいなかったのでしょうか?それとも歴史書に語られるほどのものも無いのでしょうか?そもそも歴史書や教科書はどういう経緯で、作られてきたのでしょう?
歴史書の多くは、政治的な文章や古文書などを中心になぞられているようです。それらはどういう目的でどんな思惑で示されたものでしょう?
憶測でしかありませんが、色々な方々からこのようなお話を伺っていると、歴史書は戦争の勝者が作り上げてきたもので、勝者を正当化しているものも多分にあるし、敗者の歴史や書物は抹殺されてきたもののようです。
なぜそんなに関東や関西には歴史的資料・文献が多く残されているのでしょうか?日本の中心だから?日本の歴史も政治も其処に支配権があったからでしょうか?
{吉川英治氏作宮本武蔵。}

人類の発祥は今のところアフリカで、其処から枝分かれするように地球全体に広がったというのが定説のようです。日本列島にも北回りと南回りで大陸から人類は進行して来たということのようです。ということは沖縄や北海道の方が関東や関西よりも先に人類は住み始め、南回りと北周りが最後に交差するのが関東・関西といえるでしょうか?ですから、沖縄や北海道が日本の国土というのであれば、先は関東や関西よりも沖縄や北海道になります。
よく東京で話されている言葉やテレビの言葉が‘標準語’と言われて、それ以外の地域の言葉を‘方言’と言いますが、沖縄や北海道が人類の到達の最初であれば、そちらが標準で関東関西は後なのだから後のほうが方言と言うのが適切かもしれませんね。
まあ、そんな言い方も今は無駄な事なので、‘標準語’と言わず‘共通語’というのが適切でしょう。
青森には沢山の縄文遺跡が存在いたします。縄文の観点を根底から覆した三内丸山遺跡なども5000年前にすでに国家が存在したと言われています。ということは古くから太平洋ベルト地帯以外にも沢山の先人が住んでいた事になります。それなのに青森は歴史書に登場しないのはなぜでしょう?青森以外のほかの地方と言われるところも歴史書が少ないのはどうしてでしょう?
世界史もヨーロッパが中心ですが、日本はどうしていたのでしょう?
個人的な意見ですが、歴史に登場しない地域は政治的文章や書物を必要としなかった。自然環境に恵まれ資源が豊富で食材が豊かで争う必要性が無かった。民族的に温和な人々だった・・・・。
津軽の殿様は中央政府に「岩木山の後ろは何も無い。」と嘘をついて、何万石も隠していても江戸時代津軽藩は全国の十本の指に入るだけの石高であった。という逸話もあります。
ところが関東・関西は、住みやすいのだけど人口の割りに資源が少なく、土地が狭く、争わなければ、戦争しなければ生活が出来ない。其処に支配する者支配される者、覇権を争う者が登場し政治が発生し、歴史書や文献が作られたのでは・・・・?
現代でもそうでしょうが、資源が豊富なところには競争原理は働かず第一次産業が主で所得は低く、資源の少ないところほど競争原理は過激になりサービス業や知的産業が発達し所得が高いものでしょう。
青森県は日本で一番所得が低い地域です。ところが青森に住んでいて特に津軽地方の方々を見ていると博打撃ちが多く、その日稼いだ金銭を一晩で飲んだり博打につぎ込んだりでその日のうちにすっからかんにしても、平気でいる方が随分いらっしゃいます。お金が無くても食べるのには困らないのでしょう。明日の事は考えなくてもいいのでしょう。資源が豊富で食べていけるから。一生懸命働かなくてもいいのでしょう、食べていけるから。他人に媚を売らなくてもいいのでしょう、食べていけるから。ですから、サービス業のレベルは低い地域と言えるでしょう。自分を売り込むことにも否定的です。そして争う事を好まない人種性でもあります。
{やっと見え始めた津軽海峡産ヒガン河豚。養殖のトラフグの数倍美味しいです。}

今現在の歴史書や正史と言われるものでは、歴史好きの人間からするとあまりにも示されている事が少なく限定的で、とても満足するようなものではないかもしれません。教科書や正史も真実とは誰も断定する事は出来ないでしょう。
一般の方々は、テレビや小説で実在の歴史上の人物が描かれると、それを鵜呑みにして‘史実’だと勘違いしてしまう事もあるようです。
日本人に大人気の三国志も多くの方が知っているのは脚色された‘演義’で、陳寿の‘正史’はあまり語られませんね。
山岡荘八氏の‘徳川家康’、吉川英治氏の‘宮本武蔵’、司馬遼太郎氏の‘坂本竜馬’などなども、‘小説’と銘打ってその著者の憶測で脚色された部分がほとんどで‘正史’‘史実’では無いのだけれども、それがあたかも本当にあったかのように錯覚してしまうのが文章や映像の怖いところのように思います。
テレビの時代劇ドラマなどなども見ていれば、その時代本当にあった事のように思ってしまうものでしょう。
ところがそれは演劇で史実ではない。少しは歴史に沿っているかも知れませんが実のところ誰にも本当のところは分らない。徳川家康や豊臣秀吉、坂本竜馬などなどが現代のお茶の間で茶をすすりながら時代劇を見ていたら「ちょっとそれはやりすぎですよ~!そんなこと無いですって・・・。」とはにかむかもしれません。
多分、エリート階級は別にして、その時代に生きていたほとんどの庶民は、織田信長も豊臣秀吉も徳川家康も歴史に語られる人物はまったく知らないでいたのではないでしょうか?
今でこそ、学校があり教科書があり、教師がいて、図書館、本屋、テレビ、新聞などなどのメディアなどがあって現代人は、情報を見聞きする事は出来ますが、江戸の頃までは9割が農業従事者、学校もテレビも無いのにどうやって今に語られる公家や武将を知る事が出来るのでしょう。現代でさえ隣近所の住人の顔も名前も知らない、自分の住む県知事や都知事・府知事、問題を起こした大臣はテレビや新聞で知る事は出来ても、隣町の市長や隣県の知事などは知らない人がほとんどでは無いかと思われます。
それでも、歴史書や政治、教育や小説にしてしまうと後の人々に大きな影響力を持つのが文字の力でしょう。
{食道楽の方にお勧めの書物。}

日本各地には優れた特産品やその土地ならではの料理法や食べ方が沢山あるものです。
それは長い間その土地の先人たちが気候・風土・食材や環境を配慮して改良に改良を重ね作り上げてきたもので、一朝一夕で根付いたものでは無いでしょう。歴史書の無い時代から脈々と続く文化であります。
ところが日本料理イコール、京料理・東京料理というイメージが多くの方々は抱くものでしょう。それ以外の地域の料理は日本料理じゃないでしょうか?
つい最近までは料理書も京都・東京が中心でした。
今でこそ地域の町興しや宣伝のために各地の料理や食材がピックアップされて、本やテレビで紹介されるようになりました。
歴史と同じように毎回京都・東京と、同じものばかりではネタ切れということもありますでしょうか?
都市を上回るほどの豊富な歴史や料理や話題が各地域に存在しているのでしょうか?
それ以外の地域が語られる時代がやっと訪れたのでしょうか?
各地がそれぞれ主張を出来る術を身に付けて、世界にたくさん発信することはいいものでしょう。
料理本が好きで、東京にお邪魔した時は「もし、東京に住むとしたらここだな!」と神田神保町にお邪魔し、ぶらぶらしながら古本屋をあさって料理古書を買いあさり読み更けるものです。
写真やレシピなどがずらっと並んだ本にはあまり興味は持たず、どちらかと言うと文章ばかりの料理書が好みであります。
良く読み返したのが和食では辻嘉一さん、洋食では辻静雄さんの本を随分読んだものです。辻嘉一さんの日本人らしい四季の移ろいの自然観や感性の料理エッセイは心を温めてくれますし、辻静雄さんのヨーロッパのレストランめぐりやフランス料理のお話は食欲を掻き立ててくれます。
料理を作る上でとても役立つのは現代料理本よりも古書の方がお勧めで、日本料理の基礎は江戸の中期から末期に掛けて完成されたと言われています。
その様な江戸の料理書を探ると昔の先人の知恵や技術、発想や探究心は現代人の及ぶところでは無いと感じるところが多々あるものです。
芸術分野でもそうでしょうが、パトロンがいて、時間もお金も気にせず物を作れた時代は、現代では不可能な事も多いでしょう。昔の職人さんの方が材料から技術からそして一番は仕事に対する執着心が優れていた事が大きいでしょうか?とは言え、食べ物だけは現代の方が調理器具の発達や衛生面の向上などで昔より優れていると自分は思います。
江戸のベストセラー‘豆腐百珍’を見ていても、「よくまあ、豆腐一つにこんなことを考えるものだな~。」と感じたものです。豆腐を薄平たく切り、水の中で結んで(結びコンニャクの様に)椀種にしたり、細かく賽の目に切りお粥のように仕立てたり、豆腐を裏ごして海苔に敷き詰め鰻の蒲焼の形にして鰻もどきなどなど、百余の豆腐料理が登場します。
昔は今より研究熱心な方々が大勢いたのでしょうし、お客様もお店を贔屓にして厳しい意見も言い、良い仕事には褒美も出してお店も職人も鍛えたでしょうし、お職人も自分の腕のプライドに掛けて向上心を持ち、現代のように安価な出来の悪い商品の大量生産など考えもせず、いい物作りに励んだものでしょう。そんな日本の勤勉で向上心探究心溢れる精神はどこに行ってしまったのでしょう・・・?
{プロにお勧めの暮らしの手帳料理本。}

その様な古書から現代料理書を随分読み漁ってみても、世界に誇れる津軽のすばらしい郷土料理は1頁も見当たりません。どうしてでしょう?
北大路路山人著の‘料理王国’の中にはほんの少し「東北には‘しどけ’という山菜があり、美味いらしい・・・。」というニュアンスの事が書かれていますが、取り寄せて食べたのかは定かではありませんが、美食家として名高い魯山人さんも‘シドケ’の真髄は知らないようでありますし、東北・北海道の食材には余りありつけなかったのか、太平洋ベルト地帯の食べ物しか魯山人さんの書物には示されておりません。
歴史書同様に、料理書やテレビの料理番組の東京・京都の売り込みや紹介は見るものを洗脳してしまいます。料理は食べなければ真髄は分らないですが、文章や写真で残すと持ち運びも出来るし、腐らないし、後世まで伝えたり残したり出来るものです。
その辺りが競争原理が働き、商売熱心な土壌を生み料理書出版と言う事になるのかもしれません。
個人的な意見ですが、津軽の郷土料理の質も数も世界トップと勘違いしております。
そう思わせるだけ食材の量も品数も品質も豊富ですし、地図を見て青森県の環境を考えれば納得するかもしれません。
けの汁やジャッパ汁、ホタテの貝焼き味噌だけでなく、お刺身類の豊富さ、野菜類だけでなく魚介類をふんだんに使った漬物の多彩さ、山菜・キノコ料理の数々、手の込んだ保存食の多用さなどなど紹介すると料理古書にも現代料理書にも登場しないすばらしい料理が目白押しであります。
料理業界に入った頃は、関東関西料理に憧れ、勉強し作り続け、いつの頃から自分の生まれた青森の料理と比較した時、青森の郷土料理の方が魅力的で多彩で美味しく面白い事に気付き、それが一番美味いし理に適っているのだからそれを生かそうと今も続けているものです。
全国各地には知られていないすばらしい日本料理が埋もれて無くなろうとしている事でしょう。是非、その様な料理を後世に伝えるように、全国の日本料理本が生まれてくるよう我々日本料理従事者は頑張らなければいけませんね。

{秋晴れの八甲田山。ヒンヤリ冷たくても清々しい。}
ヤフーブログ‘食の桃源郷 青森’もご覧ください。

自分事で恐縮いたしますが、少しばかり歴史に興味があるようで、僅かながらの書物を紐解いたりしている事も時々あるものです。
過去があるからこそ今があるので、現代人は先人たちの礎の上に乗っかっていると言ってもいいでしょう。
個人差はあれ、いつ頃から歴史に興味を持つものでしょうか?
多くの方々は一番最初に歴史に触れる機会は、学校での社会の時間でしょうか?
自分が習った頃と今では色々な研究が進み、歴史観なども変わって来ているものでしょうが、自分の頃は日本の歴史を大まかに言うと、邪馬台国・卑弥呼から始まり、聖徳太子、大化の改新、平安、鎌倉、戦国、江戸・幕末と続くものでしょうか?
ところが大人になって、無い脳みそで少し考えてみると、教科書や歴史書で語られている事というものは随分狭く、極一部の事しか語られていないように思うものでした。
勿論、歴史資料が少なく、あるものから推測したり確定しなくては成らないし、まだまだ研究も中途段階で未発表ということもあるでしょう。
それでも、教科書や歴史書で示されている事といえば、太平洋ベルト地帯を中心としたわずかな地域ばかりで、そのほかの地域はあまり語られる事は無いようであります。
日本って、そのほかの地域は無いのでしょうか?そのほかの地域には人は住んでいなかったのでしょうか?それとも歴史書に語られるほどのものも無いのでしょうか?そもそも歴史書や教科書はどういう経緯で、作られてきたのでしょう?
歴史書の多くは、政治的な文章や古文書などを中心になぞられているようです。それらはどういう目的でどんな思惑で示されたものでしょう?
憶測でしかありませんが、色々な方々からこのようなお話を伺っていると、歴史書は戦争の勝者が作り上げてきたもので、勝者を正当化しているものも多分にあるし、敗者の歴史や書物は抹殺されてきたもののようです。
なぜそんなに関東や関西には歴史的資料・文献が多く残されているのでしょうか?日本の中心だから?日本の歴史も政治も其処に支配権があったからでしょうか?
{吉川英治氏作宮本武蔵。}

人類の発祥は今のところアフリカで、其処から枝分かれするように地球全体に広がったというのが定説のようです。日本列島にも北回りと南回りで大陸から人類は進行して来たということのようです。ということは沖縄や北海道の方が関東や関西よりも先に人類は住み始め、南回りと北周りが最後に交差するのが関東・関西といえるでしょうか?ですから、沖縄や北海道が日本の国土というのであれば、先は関東や関西よりも沖縄や北海道になります。
よく東京で話されている言葉やテレビの言葉が‘標準語’と言われて、それ以外の地域の言葉を‘方言’と言いますが、沖縄や北海道が人類の到達の最初であれば、そちらが標準で関東関西は後なのだから後のほうが方言と言うのが適切かもしれませんね。
まあ、そんな言い方も今は無駄な事なので、‘標準語’と言わず‘共通語’というのが適切でしょう。
青森には沢山の縄文遺跡が存在いたします。縄文の観点を根底から覆した三内丸山遺跡なども5000年前にすでに国家が存在したと言われています。ということは古くから太平洋ベルト地帯以外にも沢山の先人が住んでいた事になります。それなのに青森は歴史書に登場しないのはなぜでしょう?青森以外のほかの地方と言われるところも歴史書が少ないのはどうしてでしょう?
世界史もヨーロッパが中心ですが、日本はどうしていたのでしょう?
個人的な意見ですが、歴史に登場しない地域は政治的文章や書物を必要としなかった。自然環境に恵まれ資源が豊富で食材が豊かで争う必要性が無かった。民族的に温和な人々だった・・・・。
津軽の殿様は中央政府に「岩木山の後ろは何も無い。」と嘘をついて、何万石も隠していても江戸時代津軽藩は全国の十本の指に入るだけの石高であった。という逸話もあります。
ところが関東・関西は、住みやすいのだけど人口の割りに資源が少なく、土地が狭く、争わなければ、戦争しなければ生活が出来ない。其処に支配する者支配される者、覇権を争う者が登場し政治が発生し、歴史書や文献が作られたのでは・・・・?
現代でもそうでしょうが、資源が豊富なところには競争原理は働かず第一次産業が主で所得は低く、資源の少ないところほど競争原理は過激になりサービス業や知的産業が発達し所得が高いものでしょう。
青森県は日本で一番所得が低い地域です。ところが青森に住んでいて特に津軽地方の方々を見ていると博打撃ちが多く、その日稼いだ金銭を一晩で飲んだり博打につぎ込んだりでその日のうちにすっからかんにしても、平気でいる方が随分いらっしゃいます。お金が無くても食べるのには困らないのでしょう。明日の事は考えなくてもいいのでしょう。資源が豊富で食べていけるから。一生懸命働かなくてもいいのでしょう、食べていけるから。他人に媚を売らなくてもいいのでしょう、食べていけるから。ですから、サービス業のレベルは低い地域と言えるでしょう。自分を売り込むことにも否定的です。そして争う事を好まない人種性でもあります。
{やっと見え始めた津軽海峡産ヒガン河豚。養殖のトラフグの数倍美味しいです。}

今現在の歴史書や正史と言われるものでは、歴史好きの人間からするとあまりにも示されている事が少なく限定的で、とても満足するようなものではないかもしれません。教科書や正史も真実とは誰も断定する事は出来ないでしょう。
一般の方々は、テレビや小説で実在の歴史上の人物が描かれると、それを鵜呑みにして‘史実’だと勘違いしてしまう事もあるようです。
日本人に大人気の三国志も多くの方が知っているのは脚色された‘演義’で、陳寿の‘正史’はあまり語られませんね。
山岡荘八氏の‘徳川家康’、吉川英治氏の‘宮本武蔵’、司馬遼太郎氏の‘坂本竜馬’などなども、‘小説’と銘打ってその著者の憶測で脚色された部分がほとんどで‘正史’‘史実’では無いのだけれども、それがあたかも本当にあったかのように錯覚してしまうのが文章や映像の怖いところのように思います。
テレビの時代劇ドラマなどなども見ていれば、その時代本当にあった事のように思ってしまうものでしょう。
ところがそれは演劇で史実ではない。少しは歴史に沿っているかも知れませんが実のところ誰にも本当のところは分らない。徳川家康や豊臣秀吉、坂本竜馬などなどが現代のお茶の間で茶をすすりながら時代劇を見ていたら「ちょっとそれはやりすぎですよ~!そんなこと無いですって・・・。」とはにかむかもしれません。
多分、エリート階級は別にして、その時代に生きていたほとんどの庶民は、織田信長も豊臣秀吉も徳川家康も歴史に語られる人物はまったく知らないでいたのではないでしょうか?
今でこそ、学校があり教科書があり、教師がいて、図書館、本屋、テレビ、新聞などなどのメディアなどがあって現代人は、情報を見聞きする事は出来ますが、江戸の頃までは9割が農業従事者、学校もテレビも無いのにどうやって今に語られる公家や武将を知る事が出来るのでしょう。現代でさえ隣近所の住人の顔も名前も知らない、自分の住む県知事や都知事・府知事、問題を起こした大臣はテレビや新聞で知る事は出来ても、隣町の市長や隣県の知事などは知らない人がほとんどでは無いかと思われます。
それでも、歴史書や政治、教育や小説にしてしまうと後の人々に大きな影響力を持つのが文字の力でしょう。
{食道楽の方にお勧めの書物。}

日本各地には優れた特産品やその土地ならではの料理法や食べ方が沢山あるものです。
それは長い間その土地の先人たちが気候・風土・食材や環境を配慮して改良に改良を重ね作り上げてきたもので、一朝一夕で根付いたものでは無いでしょう。歴史書の無い時代から脈々と続く文化であります。
ところが日本料理イコール、京料理・東京料理というイメージが多くの方々は抱くものでしょう。それ以外の地域の料理は日本料理じゃないでしょうか?
つい最近までは料理書も京都・東京が中心でした。
今でこそ地域の町興しや宣伝のために各地の料理や食材がピックアップされて、本やテレビで紹介されるようになりました。
歴史と同じように毎回京都・東京と、同じものばかりではネタ切れということもありますでしょうか?
都市を上回るほどの豊富な歴史や料理や話題が各地域に存在しているのでしょうか?
それ以外の地域が語られる時代がやっと訪れたのでしょうか?
各地がそれぞれ主張を出来る術を身に付けて、世界にたくさん発信することはいいものでしょう。
料理本が好きで、東京にお邪魔した時は「もし、東京に住むとしたらここだな!」と神田神保町にお邪魔し、ぶらぶらしながら古本屋をあさって料理古書を買いあさり読み更けるものです。
写真やレシピなどがずらっと並んだ本にはあまり興味は持たず、どちらかと言うと文章ばかりの料理書が好みであります。
良く読み返したのが和食では辻嘉一さん、洋食では辻静雄さんの本を随分読んだものです。辻嘉一さんの日本人らしい四季の移ろいの自然観や感性の料理エッセイは心を温めてくれますし、辻静雄さんのヨーロッパのレストランめぐりやフランス料理のお話は食欲を掻き立ててくれます。
料理を作る上でとても役立つのは現代料理本よりも古書の方がお勧めで、日本料理の基礎は江戸の中期から末期に掛けて完成されたと言われています。
その様な江戸の料理書を探ると昔の先人の知恵や技術、発想や探究心は現代人の及ぶところでは無いと感じるところが多々あるものです。
芸術分野でもそうでしょうが、パトロンがいて、時間もお金も気にせず物を作れた時代は、現代では不可能な事も多いでしょう。昔の職人さんの方が材料から技術からそして一番は仕事に対する執着心が優れていた事が大きいでしょうか?とは言え、食べ物だけは現代の方が調理器具の発達や衛生面の向上などで昔より優れていると自分は思います。
江戸のベストセラー‘豆腐百珍’を見ていても、「よくまあ、豆腐一つにこんなことを考えるものだな~。」と感じたものです。豆腐を薄平たく切り、水の中で結んで(結びコンニャクの様に)椀種にしたり、細かく賽の目に切りお粥のように仕立てたり、豆腐を裏ごして海苔に敷き詰め鰻の蒲焼の形にして鰻もどきなどなど、百余の豆腐料理が登場します。
昔は今より研究熱心な方々が大勢いたのでしょうし、お客様もお店を贔屓にして厳しい意見も言い、良い仕事には褒美も出してお店も職人も鍛えたでしょうし、お職人も自分の腕のプライドに掛けて向上心を持ち、現代のように安価な出来の悪い商品の大量生産など考えもせず、いい物作りに励んだものでしょう。そんな日本の勤勉で向上心探究心溢れる精神はどこに行ってしまったのでしょう・・・?
{プロにお勧めの暮らしの手帳料理本。}

その様な古書から現代料理書を随分読み漁ってみても、世界に誇れる津軽のすばらしい郷土料理は1頁も見当たりません。どうしてでしょう?
北大路路山人著の‘料理王国’の中にはほんの少し「東北には‘しどけ’という山菜があり、美味いらしい・・・。」というニュアンスの事が書かれていますが、取り寄せて食べたのかは定かではありませんが、美食家として名高い魯山人さんも‘シドケ’の真髄は知らないようでありますし、東北・北海道の食材には余りありつけなかったのか、太平洋ベルト地帯の食べ物しか魯山人さんの書物には示されておりません。
歴史書同様に、料理書やテレビの料理番組の東京・京都の売り込みや紹介は見るものを洗脳してしまいます。料理は食べなければ真髄は分らないですが、文章や写真で残すと持ち運びも出来るし、腐らないし、後世まで伝えたり残したり出来るものです。
その辺りが競争原理が働き、商売熱心な土壌を生み料理書出版と言う事になるのかもしれません。
個人的な意見ですが、津軽の郷土料理の質も数も世界トップと勘違いしております。
そう思わせるだけ食材の量も品数も品質も豊富ですし、地図を見て青森県の環境を考えれば納得するかもしれません。
けの汁やジャッパ汁、ホタテの貝焼き味噌だけでなく、お刺身類の豊富さ、野菜類だけでなく魚介類をふんだんに使った漬物の多彩さ、山菜・キノコ料理の数々、手の込んだ保存食の多用さなどなど紹介すると料理古書にも現代料理書にも登場しないすばらしい料理が目白押しであります。
料理業界に入った頃は、関東関西料理に憧れ、勉強し作り続け、いつの頃から自分の生まれた青森の料理と比較した時、青森の郷土料理の方が魅力的で多彩で美味しく面白い事に気付き、それが一番美味いし理に適っているのだからそれを生かそうと今も続けているものです。
全国各地には知られていないすばらしい日本料理が埋もれて無くなろうとしている事でしょう。是非、その様な料理を後世に伝えるように、全国の日本料理本が生まれてくるよう我々日本料理従事者は頑張らなければいけませんね。

{秋晴れの八甲田山。ヒンヤリ冷たくても清々しい。}
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