おせち考

 ~ お知らせ~ 
   ‘津軽おせち’ 予約受付中です。
  詳細は前記事ブログ。もしくは、ホームページ「青森の旬の味」通信をご覧下さい。
  青森の豊かな食文化をぎゅうぎゅうにお重に詰めました。
  他にはない津軽の伝統年越し料理を年末年始にいかがでしょうか?

{去年のおせち詰めの様子}
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20年ほど前に比べたら年末年始の過ごし方が、随分様変わりしてきたようです。
自分が個人的に歳を重ね、環境が変わってきたということだけではなく、周りの皆さんのお話を耳にしていると、自分も皆さんもあまり大差は無いように感じられます。
今の時代、お盆だろうが正月だろうが、親戚周りを特別するお家も少なくなってきたようです。
親戚が少なくなってきたことも要因なのでしょうか、それとも日本も義理人情が薄らいだからなのでしょうか?
自分の家は分家の為、年末といったら、両親の本家周りを年中行事としているものです。
31日になると、まずは順番通り、昼から親父の実家に出向き、年末料理をご馳走になり、夜になると母親方の実家に出掛けるものです。
両親とも青森市内の端っこ同士の出身の為、今考えれば、一日で回れるのはとても好都合な事でした。
親父方の実家は、魚屋を商売としていた為、年末は忙しく、親父は一足早く自分の仕事納めが終わると、盤台に立って手伝っていたものです。
自分は、母親含め兄貴と姉と4人で、31日に出かけていく頃には、大きなテーブル2~3つを並べた上に、刺身やら煮しめやら、沢山の料理が所狭しと並んでいたものでした。
青森に‘おせち’なる文化はありません。
「それでは、未来さんとこの‘津軽おせち’って何ですか?」と尋ねられれば、「自分が、今まで経験してきた年末年越し料理を自分なりに改良して、お重に詰めた。」というだけでしょう。もちろんそれには、料理屋だから出来る料理や工夫もしております。
青森では年末の年越しに、「これでもか!」というほどのご馳走を並べ、昼からわいわい過ごすのが一昔前までの年末の過ごし方でしょう。
県外からお越しいただいたお客様に「テレビで見たんだけど、青森の方々は我慢が出来ず、31日におせちを食べてしまうそうですね。」と青森は貧乏そうな言い方を伺った事があります。
その通りです。金や経済では青森と同じくらい貧乏な所は他に一県しかありません。
ところがそのお話は、まったくの逆で、食文化が世界トップクラスの豊かさが存在するから青森にはおせちは無いのですね。
食糧自給率が100%を有に超えている為、普段から都市部では数万円を支払わなければ食べられないようなものを食べているものです。
50~60代から上の方々は、年末近くなると、手の込んだ年越し料理をせっせ、せっせと作ったものでしょう。
何日も掛けて一つ一つ丁寧に、食べきれないほどの手の込んだ料理を31日に用意し、昼からだらだらと夜中まで飲み食いし、元旦は昼頃モソモソと起きて来て、昨日の残りと、鳥と牛蒡の醤油ダシの汁に焼餅を入れパッとせりを放しずるずる雑煮を食べ、多めに焼いた餅で、餡子やらきな粉やら海苔を各々つけ食べたものです。
{年末料理の一つ真鱈子と人参の子和え}
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ここ最近でしょうか、「何やら、関東や関西では、おせちなる物があるそうだ。んじゃ~、いつもの年越し料理にそれも入れようか。あと何だか、年越しそばもあるんだろう。それもついでに食っちまおう。」という具合に、成ったのは、ここ10年ほどです。
自分は去年初めて、同い年の洋食屋さんの‘おせち’を買いました。
いままで、年末におせちや折り詰めを買って食べた事はありませんでした。なぜなら、両親の実家がそれぞれ年越し料理を準備してくれるからです。
けれどもここ最近は、両実家とも親戚も昔ほど集まらないし、年越し料理を作れる叔母様たちも居なくなって来ました。
その為、そのすばらしい豊かな食文化を自分のお店で作るようになりました。
自分が、年末に食べてきたものというと、鮟鱇共あえ(茹でた身と肝を合えたもの。青森だけの料理らしい)、酢だこ、ナマコ、つぶと大豆もやしの炒め物、牛蒡を焼干しの汁で甘辛く炒めたもの、氷頭(ひず。鮭の軟骨)なます、けの汁(山菜や根菜の小角切りの味噌汁)、鱈の子和え(人参と真鱈子の汁なし煮)、真鱈白子、鰊漬け、赤カブ漬け、菊芋甘酢漬け、ぜんまい炒め、塩抜きしたワラビお浸し、真鱈子の昆布締め、真鱈子の塩辛、山菜(ワラビ、ぜんまい、根曲がり竹など)を塩抜きして焼豆腐や根菜とたっぷりの煮しめ、蕗と身欠き鰊の炒め物、甘い茶碗蒸し、鱈のじゃっぱ汁(鱈のアラの味噌汁)、鱈の共あえ、根曲がり竹と糸こんにゃくと豚肉と高野豆腐の炒め物、甘い赤飯(甘納豆で作る)、ホタテと厚揚げの煮物、お刺身(平目・鯛・烏賊・まぐろ・ホタテなど)、数の子醤油漬け、イクラ、鮨、鳥のから揚げなどなどでしょう。今思い出せるだけでこの位ですね。その他にも何かありました。
物心付くころから、「これが当たり前。」と思ってきたことが、日本料理を職業として、十件ほどのお店で働き、関東・関西料理を学び、所謂‘おせち料理’を作ったこともありましたが、青森のほうが豊かということが分りました。
自分は親父方も母親方も、従兄弟が両方併せると40人居る為、お年玉をもらう金額が少なくしかも末っ子で兄貴との単価の格差があったため、小さい時から今も、常にお金は無く貧乏でした。が、食べるものには恵まれてきたようです。
両家とも何人分も料理をこさえる為、料理代が掛かりお年玉は少ないものでした。
そんな生活が身に染みてか、高級車や豪邸に住んでブランドを着こんでカップラーメン啜っているより、ぼろ屋に住んでご馳走食べる生活を選択しています。
{年越し料理の一つ酢蛸と紅白膾}
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おせちのある文化圏では、31日はお蕎麦を啜って、元旦からおせちを突っつくものでしょう。
年末は大掃除をして、正月三日は台所や火や水の神様を休ませ奥様方を休ませる野がその目的のようです。
けれども青森の奥様方は大変ですね。お盆・正月は料理作りに負われて・・・・。
その分普段は、家で旦那にお蕎麦啜らせて、自分はホテルでディナーショーですけど・・・・。
普段からいいもの食べている為、お正月はカレーライスやシチューという方もおられます。
近年は、青森でも伝統的な年越し料理を作る家庭が激減しています。多分、50代から下の方々は作れないし、作る気もないでしょう。
20~30前後の方々は、普段もハンバーガーやフライドチキン。クリスマスも誕生日もお盆も正月も何とかなナルド、何とかチキン。という感じになってきました。その他にも、何とか丼やら、コンビニ、スーパー惣菜もあるようですね。
後、10~15年ほどで、青森の豊かな伝統年越し料理も姿を消すことでしょう。
自分がお店をやっている限りは、仕立直ししながら伝統料理は作り続けると思いますので、機会があれば、宜しくお願い致します。

ヤフーブログ‘食の超大国青森’もご覧下さい。
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by tk-mirai | 2009-12-16 15:44 | Comments(0)

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